「社会勉強だ」と言って、極上御曹司が私の修羅場についてくる
その時だ。
「鹿山、おいで」
 副社長な笑顔を浮かべながら笹井さんをさりげなくどけて、腕を伸ばして私を呼ぶ。
「……っ、はい!」
 今倉くんから離れて副社長の側へいくと、私にだけ聞こえるボリュームで笹井さんから小さく舌打ちをされた。
「鹿山さん、お久しぶり」
「元気だった?」
 副社長の前だからか、やたらと親しげに今倉くんの友人たちが話かけてくる。ここで私と知り合いだと、副社長にアピールしたいようだ。
 だけど彼らに私がどう扱われていたか話をしてある副社長は、薄く笑みを浮かべたままだ。
 笑ってはいない目に、浮かれた彼らは気づかない。
 そこに今倉くんが、名刺ケースを持ってきた。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。わたくし、金山商事営業課に勤める今倉浩介と申します」
 ぴっとビジネスモードになった今倉くんは、自分の名刺を副社長に両手で差し出した。
 副社長と名刺交換ができれば、今倉くんにとって相当の自慢になるだろう。
 それを見ていた周囲は、しまったという顔をしている。休日、しかも友人の家に行くだけなら名刺ケースを置いてきても不思議ではない。
 副社長はそれを受け取る。今倉くんは、副社長の一挙一動を見逃さないとばかりに見ている。
 しかし、副社長は今倉くんから名刺を受け取ったが、自分の名刺入れを出さなかった。
「あいにく名刺を切らしていまして。申し訳ない」
 にっこりと笑って、名刺交換を拒否した。
 今倉くんは残念な顔をしたが、周りはホッとした表情をしている。多分だけど、今倉くんの抜け駆けが失敗して良かったとでも思っているのだろう。
 
 
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