「社会勉強だ」と言って、極上御曹司が私の修羅場についてくる
本当にそうだったら良かったのにと、副社長の優しさに強く惹かれてしまった。
 これ以上、意識してはだめだ。
 このまま手を繋いでいたら、自分では抑えきれないほど勘違いをしてしまう。
 そうなったら、つらいのは目に見えている。今倉くんとの別れで弱っているから、だから余計にこれ以上は副社長に甘えてはいけないと頭のなかで警報が鳴る。
「……さっき、私のことを婚約者だと……。あんな嘘をみなさんの前でつかせてしまい、申し訳ありませんでした」
 嘘、と自分で口にした言葉で心が傷つく。謝ったことで、ぐさりと深く棘が刺ささったみたいだ。
 これで副社長から「仕方がなかったから」なんて笑って言葉を返してもらえたら、芽生えはじめた恋心は息の根を止めるだろう。
 私の、まるでシンデレラになったような夢の一日はそうして終わるのだ。
 週が明けたら、また私は秘書で、副社長のサポートをする日々に戻るだけ。
 ああ……そうだ。御守りのリングも返さないといけない。
 身につけているものは、どうしたらいい?
 夢の残した綺麗なものを、私はどうしたらいいんだろう。
 
 
 副社長の足が、ぴたりと止まる。
 私も、足を止めた。ただ、副社長の顔を見られない。
 じわじわとあふれ出た涙が、こぼれそうだから。
「……嘘じゃない。これから必ず現実にする、本当はいますぐにでも鹿山……はるにプロポーズしたいくらいだ」
 ……嘘じゃない? プロポーズ?
 驚いて思わず顔を上げると、副社長は真剣な顔をして私をしっかりと見ていた。
 視線を合わせたまま、私は頭が真っ白になってしまった。
「どうして……、もうパーティーは終わりましたよ?」
 もっと聞きようがあったろう。だけど私は真っ白な頭で必死に捻り出した言葉がこれだった。
 握られた手が、途端に熱く感じた。心臓がおかしくなるくらいドキドキする。
 思わず手をほどこうとすると、逆に強い力で握られ離れられなくなってしまった。
「理由が……理由がわかりません。地味な私が、副社長にそんな風に想ってもらえるなんて……信じられないです……っ」
 なんて卑屈なのだと、言った自分が一番にそう思う。
 けれど、これ以上は傷つきたくないと、心が涙を流して叫ぶのだ。
 
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