忘れな草の令嬢と、次期侯爵の甘い罠
「もういい年ですし、子どももおりませんで、二人でどこか田舎に住んで小さな畑を耕して犬でも飼って暮らそうかと。
ヒースクレストの主はリベイラ家だけです。わたしがいなくなったら後に住む人は苦労することでしょう。
この邸の厨房の、気難しいオーブンを扱えるのは、わたしだけです。
金でなんでもかんでも手に入れればいいってもんじゃない」

ありがとう、とテスは唇を笑みの形に曲げてみせた。
皆の気持ちが胸に沁みる。

「でも舞踏会には出席するわ。…マリベルは、女学校の同級生ですもの」
なにかと目の敵にされたものだが。

「非礼に礼で返すことはありません」
ベッシーが言いつのる。

「礼儀というだけじゃないのよ、わたしも自分の目で確かめたいんだわ。
ギュスターヴ家とフェント家が結婚という協定を結ぶのか」
人づてに聞くより、百聞は一見にしかずである。

幼少の折にはこの家に滞在したこともあるというリラン・ギュスターヴははたしてどんな青年なのか。
欲と打算でフェント家の娘と結婚するのか、いや純粋にマリベルを気に入ることもあるかもしれない。

華やかで自分の魅力を疑わない、マリベルのある種の無邪気さは、鱗粉を振り撒く蠱惑(こわく)的な蝶を思わせた。
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