忘れな草の令嬢と、次期侯爵の甘い罠
まだほんの子どもの頃のことだ。
リラン・ギュスターヴはヒースクレストに滞在したことや、その邸の娘のことを憶えているだろうか。

そして四代前からのリベイラ家とギュスターヴ家の因縁や、ヒースクレストを取り巻く現状をどう考えているものか。

だだっ広い空間だが、それでもごった返すほどの人の数だった。

楽隊が広間の一隅で出番を待っている。
レコードですませず、生演奏で客をもてなすのだから、力の入りようがうかがえた。

「お集まりの紳士淑女の皆さま!」
張りのある声が広間に響いた。

フェント家当主でありマリベルの父、ゼドー・フェントの声だ。
恰幅のいい体型に似つかわしく声量も豊かだ。
一代で財を成しただけあって、よく言えば豪胆そうな、悪く言えば欲に忠実な気質が見た目にも現れている。

「本日の舞踏会は、皆さまにお楽しみいただきたく、少々趣向を凝らしました。
伝統的な舞踏会は、社交のみならず、若いご令嬢ご令息の出合い、そしてときにはプロポーズの場でもありました」
そこで、と言葉を続ける。大広間いっぱいの人を聞き入らせる声量と話力は、さすがといったところだ。

「男性には花を一輪ずつ配らせていただきます。赤い薔薇だけですと大げさにも思えますので、よりどりの花束からお好きな花をお選びください。
そしてその花を意中の女性に捧げて、ダンスの申し込みをなさっていただきたいと存じます」
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