忘れな草の令嬢と、次期侯爵の甘い罠
さんざん娘の売り込みをしてきたであろうゼドーの目には、歓喜の色が宿っている。

「それではお相手のもとへお願いいたします」
言葉とともにゼドーは片手をさっと前方、つまりマリベルのほうへ差し出してうながした。

リランは胸のあたりに薔薇を持ち、ためらいのない足取りでまっすぐ歩を進めた。
まっすぐ、マリベルまであと数歩———

一同が息をつめて見守るなか、彼がふと視線を外し体の向きを変えた。そのまま彼から見て右手に足を進める。
人々から小さなどよめきがもれる。
なぜ? マリベルではない? 彼はいったい誰を?

そのまま滑るように前列を通りすぎ、ぴたりと足を止めた。
テスの前に立つ女性? いやリランの目は彼女を見ていない。彼女の肩を通り越してこちらを見ているのだ。

失礼、と彼は小さくささやいて前列を割り、そして…
信じられない、リラン・ギュスターヴが自分の目の前にいる。

「踊っていただけませんか」
うやうやしく薔薇を差し出してリランが言った。

事態に頭がまったく追いつかなかった。
リランは他の誰でもなく自分にダンスを申し込んでいるようだ。
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