忘れな草の令嬢と、次期侯爵の甘い罠
残念ながら、リランが言いながらテスの腰に手を回し、力強く抱き寄せる。
「この令嬢は、今宵はわたしが貸し切り済みです。ご不満なら、決闘でも受けて立ちましょう」
琥珀色の瞳の眼光が鋭さを増した。

「いやその…」
慌てたようにもごもごと口を動かすと、男は逃げるように去っていった。

ちなみにというか、ゼドーは相手のいないマリベルと踊っていた。
憮然として踊る父娘に、誰もが居心地悪そうに場所を譲る。

さらにリランともう一曲踊ると、さすがに足に疲れをおぼえた。

「休みましょうか」
顔を寄せてリランが言ってくれたので、「はい」と返事をする。
彼が隣にいてくれることが、頼もしくも不思議な心地だ。

これはおとぎ話に出てくるような、一夜の夢なのかしら…

リランが黒服から飲み物のグラスを二つ受け取り、一つをテスに渡してくれる。
踊り続けてほてった体に、冷たい飲み物が心地よい。

体が熱を持っているのは、踊りのせいばかりではない。
どうしようもなく胸が高鳴ってしまう。

彼の眼差しを感じて、片頬がひりひりと痛いほどだ。
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