忘れな草の令嬢と、次期侯爵の甘い罠
とはいえ、リランはけして「紳士」の体面だけにとらわれる人物ではなかった。

「仕事上の取り引きはおいて、わたしの愛する人の友人であるなら、友人としての付き合いはいたしましょうが」
言って、表面上はまるで邪気のない琥珀の瞳をテスに向けてくる。
その瞳の奥の思惑を、知りたいような知りたくないような。

「ところでテス、マリベル嬢はきみの友人なのかい?」

ひょっとして自分は、フェント家以上にとんでもない相手に捕われようとしているのではないかという予感が、ひたひたと胸に迫る。
歓喜にも、畏れにも、胸の鼓動は早くなる。今の自分はどちらなのか、それともその両方なのだろうか———

しかしこの瞬間、テスはリランに倣って、淑女とはどうあるべきかを考えることを放棄した。

悲しげに目を伏せる。
「わたしは友人だと思っていたけれど、マリベルは『落ちぶれ貴族を友人にもったおぼえはない』と…」

「気持ちは察するよ、テス」
リランがいたわるようにテスの肩を抱く。

「テスっ! 違うのよっ! わたしは…」
マリベルが地団駄を踏んでいる。
赤茶色の髪を細かくカールさせて結い上げた凝ったヘアスタイルが、なぜだろう今は絡まった鳥の巣のように見えた。
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