忘れな草の令嬢と、次期侯爵の甘い罠
秘かに気にしていたのだけど、テスの寝室はリランのそれとは別にちゃんと用意されていた。
こぢんまりした清潔な部屋で、華美な装飾を好まないテスには心地よかった。

フェント邸のような内装だったら目がチカチカして眠れなくなりそうだ。

眠る…そんな言葉からも連想してしまう。ぎゅっとひとり身を縮める。
自分がまだ知らぬ夜の帳をくぐるのは、やはり怖い。
リランは結婚するまでは紳士でいるつもりなのだろうか、それとも…

本人に訊くわけにもいかず、テスは本能的な嫌忌からただお化けを怖がる子どものように、そこから逃れたいと思っていた。

部屋で人心地ついたのち、リランが意気揚々と厩舎へ案内してくれた。
そこにはテスの心の(もや)など吹き飛ぶほど、見事な馬が鼻面を並べていた。

そもそもこの別荘は彼の乗馬趣味を主たる目的として購入したというだけあって、引き締まった体躯の馬が揃っている。

「どの馬も馬体といい毛艶といい、素晴らしいわ。それに(ひづめ)もたてがみも手入れがゆき届いていること。何より飼い葉も青草も新鮮ないい香り。
あなたがどれだけ馬を大切に扱っているかよく分かるわ」

人にひけらかすための道具ではない。リランは純粋に馬という生き物を愛する人なのだ。
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