忘れな草の令嬢と、次期侯爵の甘い罠
突然、前足をカクンと折ったのだ。
すぐにテスは異変を察し、鞍から下りた。リランもすかさず馬を止める。

「大きな石を踏んでしまったんだわ、運が悪いこと」

「ひねっただけだろうけど、無理はさせないほうがいい」
鋭い目と慎重な手でレアの足の状態を確認すると、リランはそう言った。

「歩いて戻りましょう。手綱を引くわ」
馬の足で一時間以上は駆けてきたのだから、戻るのはその倍はゆうにかかることになるが、リランが言うようにレアに無理をさせたくなかった。
それに急ぐ必要はないのだ。

そうだな、とリランもハーランの手綱をゆるく引く。
レアの様子を気遣いながら黙々と歩いているときだった。

葉影が濃くなった、と思うまもなくバラバラと梢の葉をたたく雨音が鳴る。
すぐに木々のヴェールからしたたり落ちた雨粒が、降りかかってきた。

「泣きっ面になんとやら、ね」
苦笑いしながらリランに話しかける。

「とうぶん止みそうにないな」とリランは頭上を仰ぎ見て言った。
「この近くに狩猟小屋があるんだ。馬小屋もついているから、そこで雨宿りしよう」
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