忘れな草の令嬢と、次期侯爵の甘い罠
祖母のグロリアは、定位置ともいえる椅子にかけて二人を待っていた。

良家の出身にふさわしい気品に、芯の強さをもそなえた老婦人だ。
夫に続いて、息子夫妻まで亡くすという不遇に見舞われながらも、使命感と孫娘の存在を支えに、女主としてヒースクレストを守ってきたのだ。

それでも最近はめっきり心も体も弱ってしまったと、日夜一緒に過ごしているからこそ、テスは感じずにはいられない。

「ようこそ、ルシンダ」
抑制された響きだ。衰えを感じさせまいとしているような。

「ごきげんよう、グロリアおばさま」
ルシンダがにこやかな声をあげる。

「どこを見回しても頭の痛いことばかりなのに、いつも足を運んでくれてありがとう」
頭が痛い、のは比喩ばかりではない様子で、グロリアは人差し指でこめかみを押さえた。

「当たり前のことをしているだけですわ」

「愉快な仕事ではありませんけど、やらなければいけないことに取り掛かりましょうか」

すでにテーブルの上には、図表や株式実績や帳簿が並べてあった。
< 8 / 66 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop