あなたを抱きしめる、唯一の

 目下の目標はこのノートが無くてもお客様に説明できるようにすること。一日でも早く覚えたいが、気持ちとは裏腹になかなか進まない。

 ため息を吐きたくなるけれど、そんな暇はない。私は身だしなみチェックを済ませると、早々にロッカールームを後にして店がある場所へと向かう。


「おはようございます!」

「おはよう、棚島さん」


 私に挨拶を返してくれるのは、店長の沢木さん。眼鏡をかけた痩せぎすの男性で、微笑むと口元に柔らかいシワが寄る。


「今日も一日、頑張りましょうね」

「はい、よろしくお願いします」


 私は会釈して開店準備に取り掛かる。ショーケースを磨き、その奥で整然と鎮座するお菓子たちを見やった。


(ああ、今日もどれもが美味しそう……!)


 うっとりしかけた自分の顔が目に入り、慌てて表情を厳しくする。いかんいかん、雑念は振り払わなくては。
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