あなたを抱きしめる、唯一の

「いいじゃない、いつも来てくれる彼氏がいるんだし」


 んっふっふ、と菅野さんがいたずらっ子のような顔をするものだから、私は苦笑を返した。


「彼氏じゃないですよ」

「告白はまだってことね」


 菅野さんは顎に手を当てて、「焦ったいわねぇ」と独りごちる。彼女が言うところの彼氏──最近になって常連客になった“笹山さん”との数週間を、私は思い返してみた。


「いらっしゃいませ」

「あ、こんにちは」


 私が私情を披露したあの日から数日後、あの灰色カーディガンのお客様が再度来店してくださったのだ。

 その日の彼は白シャツに黒パンツ、という至ってシンプルな装いだった。結構スタイルいいんだな……と考える余裕もなく、彼が何を探しにきたのか伺うことにした。


「本日は何をお探しでしょうか」

「親戚にお菓子送りたいんだけど、何がいいと思う?」

「親戚の方に……」

「その人、ばあちゃんが言うには“食道楽”ってやつらしいんだけど……意味わかる?」


 食道楽──簡単に言うと、食べるのが趣味で、各地の美味しいものを食べ歩くような人のことだ。私もそこまでではないけれど、出先で美味しそうなものを見かけたら買ってしまう。

 その親戚の方がどのくらいのレベルかわからないけど、勧めるならばやっぱりこれだろう。
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