あなたを抱きしめる、唯一の

 キュッキュッと小気味いい音を立てながら雑巾を上下させる。背後では人が慌ただしく駆け回る気配、商品やレジのお釣りを確認する声、その他諸々の開店準備の空気がフロア全体を包む。

 ザッと全体を眺めて、汚れはないと安心する間もなく朝礼のアナウンスが流れる。

 私と店長、他のお店の従業員たちも中央通路に集まって、フロア長の挨拶に「おはようございます!」と元気よく返した。


「えー、皆さんもご存知の通り、今週から“春の特産フェア”が始まります。行楽シーズンの到来に向け、この地下食品街も大幅な売上アップを目指し──」

「言ってもよ、“笹”と“栗”は絶対に使えってんだろ?」


 隣のお弁当屋のおじさんがぼやいた。


「栗はまだいいんだよ、他の特産と合わせて使えるからな……問題は笹だよ」


 確かにそうだよね、と私は心の中でおじさんに同意した。この笹栗デパートは、同業他社との差異をはかるために笹や栗を使った商品を年中置いている。
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