あなたを抱きしめる、唯一の

 それが売上にどう影響しているのかは全くわからないが、とにかく創業者にして社長の笹栗清志郎氏はそこにこだわっている。

 それはここ、地下食品街も例外ではない。栗はおじさんが言ったようにどうとでもなるが、笹が本当に難しい。

 うちでは笹団子を常に置いているが、他の店は笹の形をしたパンや笹で包んだおにぎりを販売したりと苦肉の策をひねり出していた。


「うちも笹団子以外に置いたほうがいいかもね」


 菅野さん──私の先輩でつるばみ屋の社員さん──がそう呟いていたのを思い出す。

 朝礼が終わり、皆はそれぞれの場所に戻っていく。私と店長もカウンターの中に戻って姿勢を正した。今は目の前のことに集中しないと。

 開店のアナウンスが響き渡り、お客様方が通路を歩いてくるのを視界の端に捉える。


「いらっしゃいませ」


 同じ言葉がフロアのあちこちから上がる。高い声、低い声、落ち着いた調子に歌うような調子の声──。

 朝の、この瞬間しか味わえない浮き足立つような空気が私は好きだ。
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