あなたを抱きしめる、唯一の

「すいません」


 低めの、呟くような声が聞こえた。声のほうに顔を向けると、私と同年代くらいの男性が立っていた。


「いらっしゃいませ、何をお探しでしょうか?」


 私は口角を意識して上げる。なるべく自然に見えるように。と言っても、マスクをしているからあまりわからないかもしれないが。


「お客さんに出せるようなお菓子、ありますか?」


 その男性客は気怠げなトーンで語りかけてくる。太縁の、ウェリントン型の眼鏡をかけ、前髪が額どころか眉まで隠すように覆っている。灰色の少しダボッとしたカーディガンにスキニージーンズを着ているところを見ると、親のお使いだろうか?


「来客用のお菓子ということでしょうか?」


 ショーケースの中に視線を向け、季節の生菓子を手で指し示す。


「でしたら、こちらの三色団子や桜餅はいかがでしょうか? 今の季節にちょうどいいお菓子かと」

「お客、ばあちゃんだから餅系はちょっと」


 なるほど、それならお煎餅系や落雁は無し、と。
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