あなたを抱きしめる、唯一の
しかし今度は笹山さんがおかしくなってしまった。
あれ以来、笹山さんの家で勉強するようになったが、上の空になってしまうことが増えた。話しかけても気づかずに、何回か声をかけないとこっちを向いてくれない。
やはり巫女ヶ浦の話で気を遣わせてしまったのが良くなかったのだろうか。
「笹山さん、良ければこちらどうぞ」
笹山さんの家に通うようになってから何度めかの日、つるばみ屋の社員にだけ先行販売された笹栗を手土産にしてみた。
これで解決するわけじゃない。これで前のように話が盛り上がったりしないかと一縷の望みをかけたのだ。
「ああ、ありがとう」
笹山さんはよそよそしさ全開でキッチンへと引っ込んでしまった。おしゃべりが弾むどころか、始まりもしなかった。
どうしたものかと大人しく座って待っていると、笹山さんが緑茶と笹栗をお盆に乗せて運んできてくれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
私は筆記用具を取り出しながら、こっそり笹山さんを観察する。正座をして、視線を下に向けながら深呼吸をしている。
声をかけようとした矢先に、笹山さんが動いた。
「棚島さん、話さないといけないことがあるんだ」