あなたを抱きしめる、唯一の
明かされる過去──Side 泰明
俺の目の前には、湯気を立てる緑茶と美味しそうな笹栗が鎮座している。
二人分のそれは、どっちも手をつけられていない。さっきまで居た彼女の分もだ。
ついさっき、俺は彼女に全てを話したのだ。笹山明人という名前は偽名で、本当は笹栗デパートの専務・笹栗泰明だと。
抜き打ちチェックのことも洗いざらい伝え、半信半疑の彼女に名刺を渡した。サイトの写真も見せて、その場で眼鏡を外して髪をかき上げた。
ようやく信じてくれた彼女に、交際を申し込んだ。
返事は急かさなかった。混乱しているだろう状況で、そこにつけ込むのはフェアじゃない。
しばらく目を白黒させていた彼女は、「返事はまた今度」と慌てて部屋を飛び出していった。それだけでも成果だ。
断られても文句の言えない立場だと、よくわかっていたからだ。
むしろ、騙して値踏みのような真似をしたと糾弾されてもおかしくはないのだ。それもなく、考えてくれるということは満更でもない証左だろう。