あなたを抱きしめる、唯一の

「私は棚島さんの母親と、昔付き合っていたんだ」


 頭を鈍器で殴られたような衝撃が襲う。血の気が引いて、目の前のテーブルに手をついてしまった。


「勘違いするな、いたって清い交際だ」


 その声に暴れていた心臓が一気に治まっていく。「彼女がお前の姉だか妹だかではないから安心しなさい」と親父が付け加えるのを聞き、全身から力が抜ける。

 それと同時に疑問が湧いた。


「親父、どうして別れたんだ?」

「なに、よくある身分違いの恋というやつだ」


 親父は遠い目をしながら、俺の後ろにある襖絵に目を向けた。


「智美さん……棚島さんの母親は、村長の娘でな、自分の立場を鼻にかけたりしない、優しい人だったよ」

「巫女ヶ浦、か……」


 俺が思わず口にすると、親父は悲しげに笑って頷いた。


「その伝説を出汁にして、私は駆け落ちしようと彼女に迫ったよ……だが彼女は、今まで自分を育んだ村や家を裏切れないと言ってね、村長が決めた男と結婚してしまった」

「それで親父は……」

「私は上京して、運良く笹栗さんとその娘さんに気に入られ、婿養子になって……それからはお前も知ってる通りだ」
< 53 / 67 >

この作品をシェア

pagetop