あなたを抱きしめる、唯一の
「私は棚島さんの母親と、昔付き合っていたんだ」
頭を鈍器で殴られたような衝撃が襲う。血の気が引いて、目の前のテーブルに手をついてしまった。
「勘違いするな、いたって清い交際だ」
その声に暴れていた心臓が一気に治まっていく。「彼女がお前の姉だか妹だかではないから安心しなさい」と親父が付け加えるのを聞き、全身から力が抜ける。
それと同時に疑問が湧いた。
「親父、どうして別れたんだ?」
「なに、よくある身分違いの恋というやつだ」
親父は遠い目をしながら、俺の後ろにある襖絵に目を向けた。
「智美さん……棚島さんの母親は、村長の娘でな、自分の立場を鼻にかけたりしない、優しい人だったよ」
「巫女ヶ浦、か……」
俺が思わず口にすると、親父は悲しげに笑って頷いた。
「その伝説を出汁にして、私は駆け落ちしようと彼女に迫ったよ……だが彼女は、今まで自分を育んだ村や家を裏切れないと言ってね、村長が決めた男と結婚してしまった」
「それで親父は……」
「私は上京して、運良く笹栗さんとその娘さんに気に入られ、婿養子になって……それからはお前も知ってる通りだ」