あなたを抱きしめる、唯一の

「栗が嫌いという方もおられますし、甘すぎるという方も、甘さが足りないという方もいらっしゃいます」

「……そっか」


 一瞬だけ呆気に取られていた彼は、すぐに持ち直して目をすっと細めた。


「それじゃ、店員さんは?」

「私、ですか」

「店員さんは美味しいと思う?」


 私は桜御前に視線を移した。細かくした栗が入っているものは“桜御前 星”、栗が丸ごと入っているものは“桜御前 月”と呼ばれている。桜と、夜空に浮かぶ星や月をイメージして作られたからだ。

 星は桜あんのもっちりした歯応えと栗の粒が合わさった食感が楽しくて、甘さと渋さのバランスが見事に整って落ち着いた甘さになっている。

 月は栗が丸ごと入っているから、歯応えは星よりもある。栗の風味も強い。でもどういう仕組みなのか、桜あんの香りとケンカせずにお互いを引き立てている。

 要するに、どっちも美味しい!

 というようなことを、拳と声に力を込めて語った。仕事用の顔で接客ができなくなっている、と気づいたのは彼の驚いた顔が目に映ってからだった。
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