私の心の薬箱~痛む胸を治してくれたのは、鬼畜上司のわかりづらい溺愛でした~
「大丈夫か?」
「しゅ……にん……?」

優悟君の胸に倒れ込みかけた私の身体は、突然現れた主任の長い腕によって抱きしめられるようにして支えられていた。
暖かい。
硬い胸板と心臓の音がダイレクトに聞こえて、思わず顔に熱がこもる。
と同時にかすかに香るのは、イチゴミルクの甘い香り。

「主任……何で……」
呆然とした様子で優悟君が口を開く。

「第一会議室の中にまで聞こえてたぞ、声。口説くのは結構だが、無理矢理はいただけないな」
「そ、それはっ、でも俺達は──!!」
「ただの同僚、だろう?」
「っ……」
何も言えずに口ごもる優悟君。

私たちの関係を秘密にしていたのは優悟君だ。
別れて今更それを口にすることはできない。
全て、自分が蒔いた種。
だから縋るようにこちらを見られても、何も言ってはあげない。

「俺は水無瀬と打ち合わせがある。お前は早く帰れ。あぁいや、お前を待っているやつがいるんだよな?」
「ぐっ……」
「行け」

有無を言わせぬその圧に、びくりと体を揺らしてから、優悟君は顔をゆがめて去っていった。
私はしばらくそれを見つめ、ふと自分の置かれている状況に気づく。

わ、私……今、主任に抱きしめられて……!!
と、とりあえず離れなきゃ!!

思考が回復してすぐに主任から身体を離すと、私は彼に向かって頭を下げた。

「す、すみません主任。お手数をおかけして……」

この間から迷惑をかけっぱなしだ。
見放されても仕方がないというのに、主任は特に気にした様子もないどころか、わずかに頬を緩めた。

「いやいい。それより、よく言えたな」
「へ?」
「さっき。ちゃんと嫌なことは嫌だって言えたじゃないか」
「き、聞いてたんですか!?」

何それ恥ずかしい……!!

「かっこよかったと思うぞ。俺は」
そう言ってぽんぽんと頭を撫でる大きな手に、再び顔に熱がこみあげてくる。

「そ、そそ、それより!! 京都の視察についてのお話を!!」
「あぁ、そうだな。会議室で話そう」

通常運転の主任について会議室へ向かう。

結局、視察の説明を受けているときもずっと、私の中の熱がひくことはなかった。



< 24 / 58 >

この作品をシェア

pagetop