私の心の薬箱~痛む胸を治してくれたのは、鬼畜上司のわかりづらい溺愛でした~
皆川由紀さん。
秘書課の中だけでなく、この会社で一番華やかな皆のマドンナ。
キラキラしていて、それでいて誰にでも分け隔てなく優しく接する、まさに女神だ。
私も何度か声をかけられたことがあるけれど、他の人達のような見下すような感じではなく、対等な人間として仕事内容について話し合わせてもらった記憶がある。
そんな彼女と主任が、付き合ってる──?
そんなまさか。
だって私……何も知らない。
聞いてない。
大丈夫。
だって主任は、私を好きだと言ってくれたもの。
大丈夫。
だって主任は、毎日家に帰って連絡をくれるし、おやすみの日にはデートにも誘ってくれる。
──でも本当に大丈夫?
優悟君も、最初の一ヶ月は待ち合わせをして一緒に帰ったよ?
連絡もくれたし、おやすみの日にはデートだってした。
だけど全部、嘘だった。
もしかして主任も──?
疑心暗鬼で何もわからない。
だって無条件で信じられるほど、私は主任のことをよく知らない。
冷たく見えてじつはとっても優しい人だということ。
ハンバーグと甘いお菓子が好きだということ。
辛いものは苦手だということ。
動物が好きだけど顔を見たらすぐに逃げられるということ。
休日は家で推理小説を読んでいるということ。
そんな浅い部分しか、私は知らない。
主任と皆川さんの噂を否定できるだけの関係を、私は築けていないんだ……。
綺麗で、優しくて、仕事もできる。
皆川さんなら、主任とはお似合いなのかもしれない。
私は誰もいなくなったであろう個室の外に出て、自分の顔を鏡で見た。
「ひどい顔」
表情の抜け落ちた顔を見て自嘲気味に笑うと、私は一度大きく深呼吸をして、顔に力を入れた。
「行こう。まだ仕事が残ってる」