私の心の薬箱~痛む胸を治してくれたのは、鬼畜上司のわかりづらい溺愛でした~
「あの、今日はすみませんでした……!! 少し、ぼーっとしてしまって……。主任の指示をうまく聞き取ることが出来なくて……」
彼の姿を認めるなりに、私は彼に向って深く頭を下げ、今日のことを謝罪した。
仕事を大切にする主任だ。
これで見放されたら、私は──。
「あぁ、いや。気にするな。不調な時は誰にでもある。だが、何かあったのか? お前が仕事に関してぼーっとするのは珍しい」
貴方の噂を聞きました!!
なんて、言えないチキンな私は、無理矢理に笑顔を作ってみせると、首を横に振って「何でもないですよ」と答えた。
「あの、主任。今お帰りですか?」
「あぁ。今日は少し用があってな」
「用?」
「あぁ。少し寄らなければならない店が──」
そこまで言いかけて、主任の言葉は落ち着いた色気のある声に阻まれた。
「雪兎、おまたせ」
「!?」
現れたのは先ほどまで頭の中をめぐっていた中心人物──皆川由紀さん。
相変わらず綺麗な髪をなびかせて、きらきらと輝く皆川さんに、思わず目を見開いたまま動けなくなってしまった。
雪、兎……?
主任の下の名前、よね?
何で皆川さんが、主任のことを下の名前で呼んでいるの?
何で主任は、それを受け入れているの?
やっぱりあの噂は──本当?
頭の中を靄が包む。
信じたいのに、完全に信じることができない。