私の心の薬箱~痛む胸を治してくれたのは、鬼畜上司のわかりづらい溺愛でした~
「いや、俺も今終わったところだから」
「そう? それならよかった。あれ? 水無瀬ちゃん?」
私の存在に気づいた皆川さんに、私はできる限りの笑顔を作って「ご無沙汰してます、皆川さん」と挨拶をする。
「知り合いだったのか?」
「うん。この子の仕事の話ってすごく興味深くて、勉強になるのよねー。雪兎もそう思わない?」
「あぁ。水無瀬の発想力には、いつも助けられている」
「もー、相変わらず言い方が硬いんだから!! 素直に水無瀬ちゃん最高ーって言ったら良いのに」
「お前なぁ……」
すごい。皆川さんがあの主任を押してる……。
こんな主任、初めて見た。
それだけで二人の関係が薄っぺらいものではないことが伝わってくる。
「ふふ。水無瀬ちゃん、雪兎は厳しいだろうけど、とっても優しい子だから、嫌わないであげてね?」
「おい由紀……」
由紀!?
彼女(多分)の私のことは未だ名字で【水無瀬】だというのに、呼び捨て──。
やっぱり、あの噂は……。
だめだ。
ここに居ない方が良い。
ここに居たら、私は──自分の涙を、抑えられない。
「そう、ですね……。優しい人だって、知ってます。だから、嫌いになんて、なれない」
「水無瀬?」
声が震える。
もう少しだけもって。私の涙腺。
「お二人でお出かけのようですし、私は帰りますね。失礼します」
「お、おい水無瀬!!」
私は早口でそれだけ言うと、バッグを片手に部屋から逃げるように走り去ってしまった。