【更新】雇われ妻ですが冷徹騎士団長から無自覚に溺愛されています

この感情の名前は

 時は遡ること数時間前。
 いつもより二時間も早く出勤したランドルフは、いつもの倍は深く眉間に皺を刻んだ能面のような顔で、ひたすら書類にサインをしていた。

 昼食を取ることすら忘れ、機械的にペンを動かしながら考えるのはリーゼのこと。

『あなたは、何もわかってない……!』
『私の気持ちなんて、何も知らないくせに!』

 昨日からずっと、リーゼの悲痛な叫びが頭の中をこだましていた。
 決定的な言葉こそ投げつけられていないものの、それは明確な拒絶だった。

(俺は……なんて最低なことを……)

 ギリリ、と歯が軋むほど噛み締める。
 昨日の己の行いは卑劣という他ない。嫌がるリーゼを無理矢理押さえつけ、無体を働いた。まるで理性を欠いた獣だ。

 実際あの時、ランドルフは完全に理性を失っていた。
 リーゼとジョシュアが二人でいるところを見た瞬間、全身の血液が沸き立つような怒りに襲われた。自分には向けないリーゼの笑顔が奴の視界に入っているというだけで、我慢ならなかったのだ。
 気がついた時には彼女の腕を強引に掴み、物置きに連れ込んで彼女の唇を奪っていた。
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