【更新】雇われ妻ですが冷徹騎士団長から無自覚に溺愛されています
 心にもない言葉で彼女を罵り、身も心も傷つけた。
 憎むべき敵を睥睨する彼女の濡れた双眸を思い出すと、剣先を抉られたように胸が痛んだ。
 
 リーゼはもう、ランドルフの顔も見たくないのだろう。今朝彼女の部屋を訪ねてみたが、応答もなかった。
 それだけのことを、ランドルフはしたのだ。
 
 彼女が離縁を願い出たならば、応じなければならないだろう。
 だが彼女を手放したくないと、卑しくもそう考える自分がいた。
 ようやく得た既婚という立場を手放したくないという以上に、彼女自身を己の側に留めておきたかった。
 誰かにそんな執着めいた感情を誰かに抱いたのは初めてだ。
 
 幼い頃から怒り以外の感情の起伏がほとんどなかったランドルフは、人や物に強い関心を抱いたことはなかった。周囲に口うるさい人間が多かったこともあって、冷めた性格が形成されてしまったのが原因だ。
 自分を産んだ母でさえ、口うるさく煩わしいとしか思っていなかったというのに。
 唯一愛犬のエリザベートにだけは愛着を抱いていたが、老衰で彼女が亡くなってしまってからは心が潤うことなどないに等しかった。
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