【更新】雇われ妻ですが冷徹騎士団長から無自覚に溺愛されています
「……ッ、グッ……なんでテメェが……クソッ、よくも……」

 刹那、苦しみ呻く男の声が聞こえて、リーゼは弾かれたように顔を上げた。ランドルフの腕の中から様子を窺うと、うつ伏せに倒れていた男が、ゆっくりと立ちあがろうとしていた。
 リーゼが小さく息を呑むと、背中に回るランドルフの手が宥めるように優しくリーゼを撫でた。

「すぐに片付ける。リーゼ、ここで待っていてくれ」

 抱きしめる腕を解いたランドルフは、自身が着ていたジャケットをリーゼの肩にかけると、床に置いた剣を手に立ち上がった。

 眼光鋭く男を見据えるランドルフからは、触れたら切れてしまいそうなほどの凄絶な怒りの覇気が発せられている。
 自分のためにこれほどまでに怒ってくれる彼に胸が疼く。リーゼを蝕んでいた恐怖はすっかり消えていた。

「リーゼを傷つけたこと、死よりも苦しい地獄で後悔させてやる」
「な、なんだとテメェ!この野郎!」

 憤怒の形相を浮かべた男が足をもつれさせながら、小型のナイフを振りかぶりこちらへ向かってくる。
 悲鳴を上げそうになったリーゼが口を手で覆ったのも束の間、ランドルフは全く動じる気配もなく、振りかぶった男の腕を易々と掴み、床にねじ伏せた。
 男の手に持っていたナイフが音を立てて床に転がる。ランドルフは男の背を踏みつけ、首筋に切先を突きつけた。
< 135 / 170 >

この作品をシェア

pagetop