【更新】雇われ妻ですが冷徹騎士団長から無自覚に溺愛されています
 ギュウッと目を固くつぶり、ただただ生きて帰れることだけを願っていた、その刹那。
 馬車の扉が壊れんばかりの勢いで連続して叩かれた。
 
『俺だ!殿下をこちらに渡せ!』

 平時より殺気だった、ランドルフの声が扉を突き破らんばかりに聞こえてくる。
 殿下とは、もちろん身代わりでいるリーゼのこと。力強い彼の声に、助けにきてくれた……?とリーゼの緊張がかすかに和らいだ。
 
 ベルは慎重な仕草で小窓を覆うカーテンを持ち上げ、外を確認した。外にいるのは間違いなくランドルフだったらしい。馬車の内鍵を外し、扉を開けるところを、リーゼは半ば放心状態で見守る。
 
 彼女が手を離すと、風に煽られた扉がバタンと勢いよく開け放たれた。
 たちまち嵐のような凄まじい突風が馬車の中に流れ込んできて、リーゼの髪やドレスの裾がバタバタと荒れ狂うようになびく。
 
 ランドルフは馬に乗り、疾走する馬車と並走していた。

『早くしろ!!!』
『分かりました!さあ殿下、団長の元へ』
『えっ、でも、どうやって……』

 ランドルフの元へと言われても、リーゼがいるのは全速力で疾走する馬車の上。逃げ道など、ないに等しい。
 
 切迫した状況下で頭が全く機能しないまま、ランドルフの気迫に慄いていると、馬上のランドルフが限界まで馬車との距離を狭めて、こちらに手を伸ばしてきた。
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