【更新】雇われ妻ですが冷徹騎士団長から無自覚に溺愛されています
『来い!!!』
『へ……?』

(と、飛び移れってこと?!)

 ありえない、と思わず口から衝いて出そうになるが、冗談ではないらしい。ベルも必死にしがみつくリーゼの腕をペリペリと剥がしている。

『時間がない。ほら早く』
『で、でも、そんなの……むり……無理です……』

 リーゼは顔を真っ青にしながら、小刻みに首を横に振った。
 
 車軸が折れてしまうんじゃないかと思うほど、車輪は勢いよく回っている。もしも落ちたら……リーゼに訪れるのは間違いなく死だ。
 
 飛び移るなんて、そんなことできっこない。
 怖い……死にたくない……嫌だ……怖い……。
 
 恐怖で足がすくんだまま立ち上がることもできず、リーゼは駄々をこねる幼子のように何度も首をフルフルと振る。すると焦れたランドルフが声を張り上げた。

『命に替えても守ると言っただろう!絶対に傷つけない!だから俺を信じろ!!』

 獣の咆哮のような叫びは、リーゼの心までも震えさせた気がした。

 硬直していた足に感覚が戻っていく。彼の言葉の引力に導かれるように、リーゼはベルに腕を支えられながら恐る恐る開け放たれた乗り口の前に立つ。

 ランドルフは手綱を握らず、足だけで馬を操縦し、リーゼに向かって手を伸ばしていた。
 彼の目が自分を信じろと、そう告げている。

(信じる……絶対、守ってくれるって……)

 ゴクリと生唾を飲み込むと、恐怖も飲み下せたような心地がした。
 意を決して、リーゼは飛び込むように彼の手を取った。
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