【更新】雇われ妻ですが冷徹騎士団長から無自覚に溺愛されています
「……私も、団長と結婚できたのは幸運でした」

 ランドルフと結婚していなかったら、今頃リーゼは仕事を辞めて、地方の豪商だという見知らぬ男に嫁がなければならなかったことだろう。契約結婚を受け入れたからこそ、リーゼは何も失わずに済んだ。
 自分は幸せだ。これ以上を望むなんて、罰当たりもいいところ。

 なのにどうして、刃を突き立てられたように胸が痛むんだろう。

 ズキズキと脈打つ胸の痛みを誤魔化すようにリーゼは朗らかに微笑んでみせる。幸い、本音を笑顔で隠すことは得意だった。

「団長のおかげで、危うく親に売り飛ばされるところを回避できましたし、仕事も辞めずにすみましたから」
「……そうか。それならばよかった」

 ふむ、と頷いたランドルフが、ジッとリーゼを見つめてくる。何か言いたげな、そんな眼差し。その間も彼の手のひらが昨日と同じようにリーゼの頭を撫でていて。リーゼの背中にムズムズとした搔痒感が走る。

「えっ、と……団長、どうかしましたか?」

 耐えきれなくなったリーゼが、うっすら頬を赤らめながら問いかける。するとランドルフは一瞬目を見開き、それからゆるゆると首を横に振った。

「……いいや、なんでもない。朝食がまだだろう。エイダが用意しているはずだ。行こう」

 リーゼからパッと手を離したランドルフがそう言って歩き出す。その後をリーゼが追いかける。
 彼の一歩後ろに下がって歩くのは、仕事の時と変わらない。それがランドルフのリーゼの適切な距離感だった。二人の肩書きが変わってもそれは同じ。

 決して埋まることのない距離に切なさを覚えて、リーゼはそっと嘆息した。
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