【更新】雇われ妻ですが冷徹騎士団長から無自覚に溺愛されています
「……いや、なんでもない」

 と、それきり黙り込んでしまった。
 なんとも居心地の悪い空気が二人の間に漂う。

 彼はなにを言いかけていた?
 どうして機嫌を損ねてしまったんだろう?

 こんなにも彼の真意が測れないのは初めてのことで、リーゼは戸惑いを隠せない。

「あの、団長……」
「リーゼ」
「は、はい……」
「…………ここは、騎士団ではない。俺は第二騎士団長ではなく、ランドルフ・フォスター個人だ。だから、その呼び方はやめてくれ」
「え?あ、でも……」

 名前を呼ぶなんて恐れ多い。そう思ったのだけれど、リーゼを見つめるランドルフの眼差しは懐疑的だ。

「俺の両親やアナスタシアの前では、俺を名前で呼んでいただろう」
「あ、あれは……」

 アナスタシアの前で普段の呼び方をしたら、仮面夫婦とバレて足元を掬われると思ったから。
 彼の両親の前でも同じ。夫を役職呼びする妻なんていないと思ったから。
 いずれにしたって内心は動揺しきりだったというのに。

 躊躇するリーゼを見て、ランドルフは不貞腐れたように視線を落とした。

「……そんなに嫌ならいいが」
「い、い、いえ!そんな、嫌ってわけじゃ……!」

 沈黙が、痛い。
 
「……あの……ラ、ランドルフ様がよろしければ、これからは名前でお呼びいたします……」

 気恥ずかしさが猛烈に押し寄せる。同時に彼の提案を受け入れた自分への後悔が生まれた。

(あああ……私のバカ……)

 彼との距離が近くなっても、自分は愛されていないと自覚して傷つくだけなのに。
 
 それでも彼を嫌っているなんて誤解をしてほしくなかったのだから、仕方がないのだけれど。
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