【更新】雇われ妻ですが冷徹騎士団長から無自覚に溺愛されています
「ああ、いいな。今度からはそう呼んでほしい」

 辿々しいながらも彼の名前を紡いだリーゼに満足したのか、ランドルフはほのかに表情を和らげて頷いている。

 その微笑の破壊力たるや。
 心臓が停止してしまいそうになるほど、目の毒だ。

(うぅ……やめてほしい……好きでもない女に対してそんな風に笑わないで……)

 勘違いをしてしまいそうになるから。
 ランドルフ・フォスターはつくづく罪深い男性だと、リーゼは胸裡で涙を流した。面と向かって言えるはずもない。

 リーゼはとうとう耐えきれず立ち上がった。このまま彼の隣でお酒を飲み続けていたら、いつこの醜い胸の内を吐露しないとも限らない。
 ドロドロに煮詰まったこの恋慕の情を知られたら、この結婚生活も終わってしまう。それだけは避けたかった。

「あ、あの、ランドルフ様!明日も早いので、私はここで失礼いたします!」
「ん?ああ、もうそんな時間か。わかった、下がっていい」

 自分で部屋に戻ると言ったくせに、引き止められないと寂しくて、胸が切なく疼いた。
 いつから自分はこんな面倒な女になってしまったんだろう。女々しさでいっぱいの己が恥ずかしくなって、リーゼは足早に扉を目指す。

 ドアノブに手をかけた直後、アナスタシアを諌めてくれたお礼をランドルフに言っていないことを思い出して、リーゼはパッと後ろを振り返った。

「あ、あの、ランドルフ様。ありがとうございました。アナスタシア様の件について、対処をしてくださって」
「俺は当然のことをしたまでだ。気にするな。おやすみ、リーゼ」
「お、おやすみ、なさい……」

 ペコリと会釈をして、リーゼは今度こそ彼の部屋から出て行く。
 心臓ははち切れそうなほど、強く鼓動を打っていた。
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