【更新】雇われ妻ですが冷徹騎士団長から無自覚に溺愛されています
「こんなにいい席を用意してくださってありがとうございます」
「気にするな。母が契約していた席を借りただけだから、俺自体は何もしていない」
「お義母様が……」

 こんないい席を契約できるフォスター伯爵家の財力……恐るべし。
 帰ったら絶対に義母にお礼の手紙を書こうとリーゼが心に留めていると、ランドルフが何かを思い出したような声を発した。

「母たちが、今度君を観劇に誘いたいと言っていた。忙しいと断ったんだが聞く耳持たずでな。すまないが、今度付き合ってやってもらえると助かる」

 ランドルフは、うんざりとした様子で肩をすくめた。
 きっと義母(それに義姉義妹)と一悶着あったのだろう。
 ムッツリと唇を引き結んだランドルフが、彼女らに口で負かされている光景が容易に浮かぶ。リーゼは苦笑しながら頷いた。
 
「はい、もちろん。私でよろしければ、是非とお伝えいただけますか?」
「……すまないな。君にそんな役回りもさせてしまって」

 自身が苦手とする人物にリーゼを引き合わせることに対して抵抗があるのだろう。苦虫を口一杯に詰め込まれて、それを噛み潰したような表情を浮かべている。

(優しい人……)
 
 普段の鉄仮面ぶりから冷徹騎士団長、なんて周囲から言われていたりもするが、本当は他人を慮れる人であるとリーゼは知っている。
 そんな彼に罪悪感を抱いてほしくなくて、リーゼはニッコリ微笑んだ。

「私、社交界にあまり知り合いがいないので、お義母様たちが仲良くしてくださるのは嬉しいです。皆さん、私のような小娘にも親切にしてくださいますし」

 リーゼはそこで一旦言葉を切った。ランドルフの澄んだ灰褐色の瞳をジッと見据え、もう一度口を開く。
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