【更新】雇われ妻ですが冷徹騎士団長から無自覚に溺愛されています
 顔が燃えるように熱い。異性に抱きしめられた経験なんてなくて、しかもそれが好意を抱く相手だから尚更、どうしていいのかわからなくなる。

 狼狽えるリーゼを黙殺するように、ランドルフが腕の力を強めた。

「……俺にこうして触れられるのは嫌か?」

 耳元を掠めたその声はリーゼを惑わせる色気を含んでいて、得体の知れない怖気にも似た感覚が背筋を走った。
 彼がどんな意図をもってリーゼに問いかけているのかはわからない。胸がキュウっと締め付けられて、苦しくて、痛い。

(でも……嫌か、なんて……そんなの……)

 リーゼはフルフルと首を横に振った。
 嫌なわけがない。ランドルフの気持ちが見えなくても、それがリーゼの答えだ。

 温かい吐息が耳朶をかかる。空気が綻んで、彼が笑った気配がした。

「そうか。ならついでにもう一つ訊ねよう。今夜、君の部屋に行く許しをもらえるか?」

 ハッ、とリーゼは息を呑んだ。
 その言葉が孕んでいる意味を正確に理解して、全身が沸き立つように熱くなる。

 刹那、会場から割れんばかりの拍手と歓声が湧き起こった。いつの間にか舞台は終演していたらしい。
 幕に反射しているのか、くぐもって聞こえるその音を遠くに聞きながら、リーゼは精一杯の勇気をかき集めて、ランドルフの胸の中で一度だけ頷いたのだった。
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