【更新】雇われ妻ですが冷徹騎士団長から無自覚に溺愛されています
 濡羽色の艶やかな前髪をかき上げながらこちらに向かってくる彼の男らしく隆起した喉仏や、ガウンの合わせ目から覗く鎖骨が目に飛び込んできて、リーゼは途端に恥ずかしくなってサッと視線を下に向けた。

「緊張しているのか?」

 ベッドの端に座っていたリーゼの右隣に腰を下ろしたランドルフが、自然な動作でリーゼの髪に指を差し入れてくる。
 きっと彼は緊張など微塵としていないのだろう。自分ばかりが翻弄されて少し悔しい。
 でも強がったところで何も生まれない気がして、リーゼは赤らんだ頬のままコクンと頷いた。

 ランドルフの手が、そのままリーゼの頭を撫でる。その際、力を込められて、リーゼは自然と彼の肩に頭をもたれた。
 肩を通って彼の左手がリーゼの左手と重なる。指先が絡み合い、ギュッと手を強く握られた。

「君の手は小さいな。俺の手の中に、軽く収まる」
「…………私が小さいんじゃなくて、ランドルフ様が大きいんだと思います」
「俺は騎士だからな。体がデカくなければ務まらん」

 リーゼの身長はごくごく平均的なものだが、ランドルフはそんなリーゼが見上げるほど背が高い。
 その上しなやかな筋肉が全身についているのだから、それだけ力も強いだろうことは容易に想像がついた。

「だから俺が組み敷けば、君はもう逃げられない。もしも止めるなら今のうちだ」

 冷静な声でランドルフはそう告げた。この期に及んで、彼はリーゼに対して逃げ道を用意してくれるらしい。
 だが、そう言うものの、リーゼの手を握る彼の手の力は弱まる気配を見せない。
 きっともう逃げられないのだ。でも、逃げるつもりもなかった。
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