RAVEN CODE
自分の心臓の音が、うるさい。
動揺は、してしまう。
平気ではいられない。
だけど、焦燥感のほうがわずかに勝っていた。
部屋ではまだ、知らない男女の荒い息遣いが響いている。
でも、この部屋には、本当のことなんて何もなかった。
所詮は、すべてまがいものだ。
顔を後ろに引いて、芹、と名前を呼ぶ。
もう、おどおどしすぎるのも、疲れた。
芹は、ん、と至近距離で不思議そうな顔をする。
「わたし、恋人がいる。だから、そういうことは、しない」
じっと見つめてするりと嘘を吐いた。
途端に、芹は目を丸くさせる。だけど、それは一瞬のことで、一秒後には飄々とした男に戻っていた。
ようやく、身体が少し離される。
芹はソファの背もたれによりかかり、こてんと脱力するように首を傾げた。
「だれ?」
「芹の、知らないひと」
「いや、いないよね。馬鹿にしてる? さすがに分かるよ」
「いるの。聞かれたらいるって、答えたよ」
「心配してくれるのは、すいちゃんのお兄さんだけ、みたいなことを言ってなかったっけ」
「そうでもなかった。でも、恋人なんて、家族よりは大したことない。そういうことはしないって言ってもゆるされるくらいには、都合がいい存在かもしれないけど」
「ふぅん。怯えていたくせに、急に、はきはきしゃべるね」
「そう、かも」
「そういう手に出るんだ」
「……どういう、意味?」
「いや? たいしたことではないよ。恋人がいるっていうのが、免罪符になると思ってるすいちゃんが、初心でかわいいって意味にしておこうか」
「免罪符には、ならない?」
「面倒だから、そうしてあげてもいいよ。で、これ、続きは見たい?」
「もう、わたしは、いい」
「部屋、戻る?」
「……できれば、そうしたい」
芹はあっさりと頷く。
ベッドで肌を重ねたままの二人がスクリーンで静止する。きっと、永遠にこのままだろう。
スクリーンからは映像が消え、お先にどうぞ、と、投げやりなエセ紳士は、わたしを先に部屋から出した。
すべてが作りものだから、筋書きがたがたなのだ。
心配した風に顔をしかめたり、何も知らないってとぼけてみたり、中途半端に遊んでみたり。はりぼての舞台装置を完璧に整えきることは難しい。
でも、咎めない。
それをする相手は、芹ではない。
わたしだって、きっと、少なからずボロが出ている。
晩の食事は、芹と一緒にはとらなかった。
知らない大人の声が障子戸越しに「廊下に食事は置いておきます」と言っただけで、わたしは、用意してくれたそれを部屋にいれもしなかった。