言の葉は
僕は中へと入った。玄関で履はいている靴くつを脱ぬぎ、それがあたかも夢ではなく、現実のように靴を丁寧ていねいに並べた。
中へと入ると左はキッチンやトイレや風呂場と繋つながっていて、右は一間ひとまを挟はさんで見慣みなれた光景こうけいを目にする。
平凡でどこにでもあるかもしれない家族団欒かぞくだんらん。その光景を僕は立ち尽くして見つめていた。
いや、見とれていたのかもしれない。
母と父と姉と弟。
そんな構図こうずがすぐに浮かぶ家族構成かぞくこうせいで、立ち尽くす僕の足は一歩一歩何かを畏おそれるように、そしてまた、何かに期待きたいするように近づいた。
平べったいテレビのモニターの野球中継やきゅうちゅうけいを見ている父に細ささやかな反抗期はんこうきを見せる姉はどうやら見たい番組があるらしく頬ほおを膨ふくらませていた。
母はそんな姉を優しく宥なだめて好き嫌いの激しい姉がちゃんと食事が取れるようにと促うながしている。
弟はまだ幼くお母さんッこなのか、母の近くでちびちびと小さな口で食事をしている。
僕の存在そんざいに、そこの誰も気づかない。
賑にぎやかな光景だった。そこで立ち尽くす僕はその光景の影であり、まだその記憶に囚とらわれているのだと思う。