白き妃は隣国の竜帝に奪われ王子とともに溺愛される

白妃

 時は戻って六年。

「アーベライン侯爵家の若く美しいと名高きアンジェリーナを、我が後宮へ差し出すように──」

 そんな国王陛下の王命が下ったのは、我が家にとって晴天の霹靂だった。



 我が家には、国でも美しいと評判の我が妹アンジェリーナがいる。その彼女が白羽の矢に当たったのだ。

 長く波打つ美しく煌めく金の髪に、湖水のような銀の光を集めたような美しい青の瞳。頬は色をつけずとも淡いピンクでハリがあり触れて艶やかだ。唇はさくらんぼ色で瑞々しく熟れている。

 そんな彼女のことを、人々は神が贈りたもうた女神と称し、結婚の申し込みは後を絶たなかった。



 両親はそんな妹を溺愛し、自慢の娘と愛し、私をほぼいないものとして扱った。食事の際も話題はアンジェリーナがいかに優れた家から婚約話を受けたとか、いかに夜会で他家の貴族から誉めそやされたとか。アンジェリーナもアンジェリーナで、求婚のために贈られた品々を、その美しさを謳ったとして贈られた詩を披露して終始するのである。



 そして、彼女のために、両親は爵位も人柄もこれ以上ない婚姻先を探していた。

 さらに、アンジェリーナには、これは、と思う若く麗しい男性と距離を縮めている……。

 そんな矢先のことであった。



 なぜ後宮に差し出すのを躊躇するのか──。

 それは、皇帝はすでに齢五十を過ぎ、その上、後宮には彼が寵愛する三人の妃がいたからだ。

 さらに、世継ぎもすでにいる。むしろ、そちらに腰入れさせたがっていたというのにだ。



 アンジェリーナが国王に仮に輿入れし、寵愛され、子をもうけたとしても、我が家にとってはなんの旨味もないのであった。上手くやれたとしても、三人の妃たちを相手にし、他の妃から子を護り、国王陛下の機嫌をとる。まだ若きアンジェリーナにとっては、毎日が苦しい日々となるのは想像に容易かった。



 そんなわけで、我が家は、その命をどうにかして逃れようとした。



 そこに白羽の矢が立ったのが私だった。



 私、アデリナはアンジェリーナが生まれて今まで、いないも同然に扱われていた。

 先に生まれた私は、美しく生まれ、愛嬌よく育ったアンジェリーナとは正反対だった。

 ひどく一般的で、乾燥した国ではひどく癖のでる赤毛の髪。冴えない深い緑の瞳。自分を囲む環境に笑みを忘れた表情──。



「アデリナお姉さま。食事の支度は済んでいらっしゃるの?」

「お? アンジェリーナ、急にどうした」

「だって、お姉さまにお似合いだと思わない?」

 アンジェリーナとお父様が笑い合う。



「冴えないアデリナにはぴったりだわ。ああ、将来はどこかのお宅に侍女として勤めさせてもいいな」

「そのためにも、家のことに慣れておいた方が良いでしょう?」

 そういって母とアンジェリーナは大笑いし、アンジェリーナはくすくすと笑った。



 ちなみに、私を庇ってくれていた祖父母はすでに他界してしまっていた。



 私はその結果事実上、侯爵家の長女だというのに、使用人のうちの一人のように過ごしていた。

 アンジェリーナのほんの一言で、自宅で侍女まがいのことをさせられていたのだ。

 掃除、洗濯、そして配膳。それらは私の仕事となった。



 そんな私が主役になるのは、虐げられられる時だけ。

 アンジェリーナが、カチャンと音を立てて落ちたカトラリーを、「ねえ、アデリナお姉さま──」そう声をかけて、暗に私に「拾え」と命ずるのだ。



 食卓には、密かに「クスクス」と笑う声が響く。

 家族からも。使用人たちからも。



 本来、テーブルについた主人たちが落としたカトラリーを拾うのは執事や侍女、メイドといった、使用人の務めだ。けれど、あえてそれを命ずるのだ。アンジェリーナは。



 そして「お前は我が家の侍女に過ぎない」とことあるごとに思い知らせてくるのだ。



 メイドたちも、この家の力関係をわかっていて、椅子を降り、しゃがんでその落ちたカトラリーを拾おうとする私を放置する。本来は、やめさせるべきなのに。



 私はしゃがんでそれを拾おうとする。すると、さらに上からアンジェリーナの肘で滑り落とされた追加のカトラリーや、皿がザラザラと落ちてきて、私の頭を次々と打つ。

 もちろん、皿の上に残った食事で私の赤茶の髪を汚す。



「あらごめんなさい。ちょっとぶつけちゃったみたい」

 アンジェリーナがそういうと、部屋中がわっと笑いに盛り上がるのだ。

「いや、それは酷過ぎやしないかい?」

「一・応・、あなたの姉なのよ」

 父母はそう言いながら、言葉とは裏腹に、大笑いしながらアンジェリーナに拍手喝采するのだ。



 そんな、大問題が持ち上がったその日、我が家では玩具でしかなかった私がいることに、家族たちは気がついたのだ。

「ねえ、あなた。アンジェリーナを今更国王陛下の四番目の妃にと輿入れさせるのは、あんまりにもかわいそうです」

 母がそういう。



「ああ、そうだな。輿入れさせるのにちょうど良いのがいたじゃないか。あれは、あんなみっともない容姿に愛愛嬌のなさでは、輿入れ先など見つからんだろう。なんとかして代わりに、アデリナを押し込めれば良いのだが──」



 そういって、父は動いたのだ。



「アンジェリーナは病にふせっております。ですが、代わりに長女のアデリナを差し出しましょう。夜会にも滅多に出さず、家の中で大事に大事に育てた秘蔵の娘でございます」

 そう国王陛下に申し出た。

 その内実は、侍女として扱っていただけだけれど。

「そうか。アンジェリーナではないのは残念だが、美しさと社交の巧うまさにかけては名の高いアーベライン侯爵家。姉をあまり夜会で見たことはないが、そなたがそういうなら、きっとアンジェリーナ以上の娘なのだろう!」

 そういって、なんとか乗り気にさせることに成功し、私が輿入れすることになったのだった。



 そうして迎えた輿入れの日の、あの陛下の目。

 婚姻の儀式で私の父から引き渡され、花嫁である私の顔を覆うヴェールをめくった時──。



「これが()()か」

「──はい」



 お父様が答えると同時に、はらりと国王陛下が手を離し、ヴェールが降りた。

 そして同時とも思えるほどの短い時間で、陛下はくるりと背を向け、後宮の奥へと消えていった。



 ──そしてその日の夜。

 初夜でもあるその日、私にあてがわれた部屋で一晩待っても、国王陛下は姿を現さなかった。

 私は、空が白むまで、私は陛下がいらっしゃるのを待っていた。



 ただ、私はほっとしたというのも本音だった。

 ヴェールをまくり上げられた一瞬、その姿を見た国王陛下の姿は、私の父と同じような年頃で。しかも、私を迎えたことに、喜びのかけらも感じさせないその態度。

 そんな人の妃になり、今夜を迎えることに恐怖を感じていたのだ。



 そうして、その後も国王陛下は私に与えられた部屋に、一度も足を踏み入れることはなかった。

 顔を合わせるのは皆が国王陛下と四人の妃が揃う儀式のときだけ。



 白い結婚を続け、さらに私事で口を交わすこともなく。

 そんなぎこちないやり取りから他の三人の妃たちは、事情を勘づいて、内心安心するとともに、私を嘲笑うのだった。



 そうして、私は、後宮で『白妃(はくひ)』と綽名されるのだった──。
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