白き妃は隣国の竜帝に奪われ王子とともに溺愛される

人生の選択

 そうして三年の時が経った。

 未だ私は『白妃』のままである。



「ねえ、アデリナ、おなかがすいたよ」

 ドラコは特に五歳くらいに大きくなるとかはなく、3歳のみかけのまま、私にすっかり懐いて、平穏な生活をしていた。



 ところがある日──。



「竜だ! 竜人が現れたぞ!」

 王都中が大騒ぎになった。成人の竜神一人は、人間に比べれば百人力。相手にならないほどのものなのだ。



「我が息子はどこだ! 探し回ること三年。ここで消息を絶ったことはわかっているのだ!」

 そういう男は、人の姿に、黒い大きな竜の翼をはためかせていた。

 その声を聞いたドラコことドラコルトは、飛んではしゃいだ。

「ね、いったでしょ。とうさま、きた!」

 王都を襲撃してきたものは、彼の父なのだという。



「我々は、竜など関わったことはない! 早く去れ!」

 王都の警備兵が、空中を飛ぶ彼を槍で着こうとするが、リーチが違う。全く功を奏さない。

「正直にいえ! 三年前、ここに小竜が紛れ込んだはずだ!」

 そう言って、脅し程度に、魔法で炎を生んで、彼らにけしかける。



「うわぁ! 炎だ!」

「俺たちは知らん!」

 警備兵たちは知らぬ存ぜぬを繰り返す。

「もう少し、仕置きが必要か──」



 手に、前より大きな炎を生み出すと、数人まとめて炎に襲われるようにと投げつけた。

「うわぁぁ! もう嫌だぁ!」

「国王陛下に口止めされているだろう!」

 どうやら、ドラコルトの出現と失踪は国王陛下に伝わっており、そして箝口令が敷かれていたらしかった。



「ドラコ、どうするの?」

 私はドラコに尋ねた。

「もちろん、とうさまのところにいくよ。アデリナも、いっしょにね!」

 そう言って、手をぎゅっと握って引っ張られる。

 宮裏の藪を抜け、実は壊れたままの壁の穴からなんとか私もいっしょに通りに出る。



「とうさま!」

「おお、ドラコルト! やはりここにいたか……と、その女はなんだ?」

 ドラコルトの出現は想定していたのか、驚きは見せなかったが、ぎゅっと手を握って離さない私の存在に訝しげな態度を示した。

「ボクを、さんねん、まもってくれていたの。ケガもなおしてくれたんだよ!」

 そう言いながらも、私の手は離さなかった。



「……そこは……後宮……ということは、国王の女か?」

 ドラコルトが主張するにしても、確かに彼から見れば、私は後宮に身を置く国王の穢らわしい妻の一人にすぎまい。



「はっ。『白妃』が余計なことをしていたのか! どうりで見つからないと思ったぞ! おかげで俺がどんな……」

「……『白妃』?なんだそれは」

 警備兵の長の言葉は、ドラコルトの父の言葉に遮られる。



「そのままだろう……美しくもなく、愛嬌もなく、輿入れしたはいいが、国王の手は一歳手がついていない、哀れな身の女のことさぁ!」

「やめてください!」

 警備隊長が私の恥ずかしい身の上を全てバラしてしまった。

 恥ずかしくて、私は顔を手で覆って隠す。どうしてこんな身分のものにまでも、嘲笑わられなければならないのだろう。



「ほう、そなた──……」

 視線が私に止まる。

 そして、「この宮で冷遇されているのか?」と言葉が続いた。私は顔を隠していた両手を少しづつ下げる。その下は、涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。

「はい。……初夜を含め王の訪れはなく、『白妃』と蔑まれる日々を送っております──」

「アデリナ、かおがぬれてるよ」

 ドラコルトは、慌てて、一生懸命に服の袖で一生懸命私の涙を拭ってくれる。



「──私の息子が世話になったようだ。それに、気難しくなかなか誰にも気を許さないドラコルトが随分懐いている。そうだ」

 良いことを思いついたとでもいうように、現れたドラコルトの父は愉快そうに笑う。

「ドラコルトの件は、そなた──まだ手付かずの後宮の美しい姫を奪うという条件で手打ちとしてやろう」



 すると、ざっと一瞬風が凪いだと思った。

 その後気づくと、私は、彼の腕の中、そして空の上だった。



 間近で見る彼は、太陽の光を浴びて黒い濡羽色に美しく艶めく黒髪に、小さな光を散りばめたような金の瞳。ドラコルトと違うのは、その瞳が切れ長で少し切れ上がっていることだろうか。鼻梁はまっすぐで、口は薄く微笑んでいる。

 そんな私を支える男の腕や触れる体は、初めて感じる異性のもので、私が知らない硬さと熱さの両方を持ち得ていた。



 こんな美しく、力強い男性がいたのだろうかと、アデリナは見惚れるのを通り越して驚いてしまい、目を見張李、口を軽く開く以外のどんな反応も示すことができなかった。



「どうした、空がそんなに怖いか?」

 その男は、見当違いなことを聞く。当然、足が地につかないことも怖いけれど。



「……怖い、ですけれども」

 そこは素直に答えておいた。



「だったらだいじょうぶ。とうさまがいるから!」

 その男の横で、ドラコルトが人姿に小さな銀の羽を生やしてパタパタと飛んでいる。



 そうして親子と私の会話をしていると、下から矢が飛んできた。

「煩わしいな」

 今度は矢だと、警備兵たちが飛ばし、時々こちらにまで飛んでくるものをうるさそうに眉間に皺を寄せる。



「娘。アデリナといったか?」

 ドラコルトが言っていたのを聞いて覚えたのだろう。彼は私の名を呼んだ。

「はっはい」

「私と共にくるか」

 私は、人生最大級の選択肢を迫られた。



 私は実家で邪険にされて育った。──私がここにいる必要はあるだろうか。

 私は後宮でないものとして置かれた。──私がここにいる必要はあるだろうか。



 私はこの王国にいる必要はひとつも見つけ出せなかった。

 そして、私は初めて自分自身で自分の身の振り方を決意した。



「行きます」

「ほう? 敵国である、我がドラゴニア帝国に、女の身ひとつでくると?」

 矢を煩わしく思ったのか、高度を上げながら、ドラコルトの父が愉快そうに笑った。



「私はこの国にいても居場所もありませんし、必要ともされてきませんでした。扱いはいつも奴隷のそれと変わりません。ですから、ドラゴニア帝国に連れて行かれて、奴隷として扱われようとも、扱われ方に変わりはないと思うのです」

 私は、多少の怯えと、大きな決意を込めて彼に告げた。



 すると。

「良い。異種族と知りながらドラコルトを匿うその心の強さと、優しさ。その身の振り方を決める、その心の強さも。大地に愛されし美しき容姿も。そして、こんなに美しいのに手付かずだという」

 そう言って、私の髪の先に指を絡めて、『白妃』であることを指して満足そうに笑った。



「この髪も、水に愛されしドラゴニアに行けば落ち着くであろう。きっと美しい波打つ髪になるに違いない。ドラコルト、良い娘を無つけたな」

「ふふっ!」

 父の機嫌の良さと褒め言葉に、自慢げにドラコルトは胸を張った。



「返事はないな。では、こちらも積極的な戦は望んでいない。我が子を傷つけられ三年の間返却がなかったことについては、そちらの妃の一人を貰い受けることで手を打とう。では、さらばだ」

 国王は、あの競り合いに顔を出しもしない。話にならないと、一方的に要求を突きつけてドラコルトの父はくるりと反対方向を向くと、大きな黒い羽をはためかせ、トラコルトと並んで、隣国を目指すのだった──。
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