愛し愛され、狂い焦がれる。

「…私が3年生の時、中井先生は32歳でした」
「え、そんなこと覚えてるのか?」
「…はい」


勉強を教わっていた訳ではないから、他の『先生』とは少し違う。

部活の合間に雑談をするだけの『先生』。

そんな中井先生のことが、その当時は少しだけ気になっていた。


卒業して、就職して…会わなくなって。
すっかり忘れていたけれど…。

何だか懐かしい気持ちが、湧き上がってくる。


「今は…40歳?」
「そう。僕も、歳を取った」
「でも…先生は本当に変わらない。昔と同じだから…錯覚します」
「お前も変わっていない。…制服を着ていないだけだ」


体温が上がっていく感覚がする。

夏の暑い気温のせいか。
私が緊張をしているせいか。

周りのカップルたちは、人目を気にせずキスをしていた。


「なぁ。今日の…あの男。普通の仕事仲間って訳じゃないよな…」
「………分かりますか。同じ部署の2歳年上なんですけど。…元カレです。振られて1ヶ月経たないくらいですね…へへっ…」

どちらが動いたか分からないが…。
気付いたら中井先生と私の体の距離は埋まり、腕がピッタリとくっついている。

腕を介して伝わる先生の体温が、何だかむず痒い。


「…そんなこと、無理して笑って言うなよ。昔から感情表現が苦手な癖に…愛想笑いは上手だった…」
「そうですかね。そんな自覚は全くありませんが」
「..ほら。そうやって強がるところも、何も変わっていない…」


本当に、心の内を覗かれているような感覚がする。

全て…中井先生の言うの通り。


先生がこんなにも私のことを見てくれていたなんて、全然気が付かなかった。

高校時代…他愛の無い会話をしていただけなのに。
小さなことまで良く見てくれていて、しかもそのことを良く覚えてくれている。


「毎年、沢山の生徒と出会うけれど。僕は、安永以上の生徒に出会ったことが無い。今も、商業科と建築科のコラボは続いているんだ。だけどそこで…居るはずのないお前を探してしまう」

「…だから今日な…男に胸ぐらを掴まれている女性を見た時…衝撃を感じたんだ。僕の記憶と変わらないその姿。疑いもしない…安永だと…」

「もう少し、良い再会の仕方をしたかったけどな…。それでも僕は、嬉しかった」


耳を疑った。
高校時代の私が聞いたら発狂しそうな、中井先生の言葉。

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