愛し愛され、狂い焦がれる。
芽生え
ある日の休日。
私は市内のショッピングモールに来た。
入り口の前にある噴水広場。
ここで、中井先生と待ち合わせをしている。
『たまには、日中のデートもしてみない?』
そう切り出したのは、先生の方だった。
嬉しくて、嬉しくて。
即、快諾。
この噴水は待ち合わせスポットになっているのか。
沢山の人達がその周辺に立っていた。
「…あれ、梨緒?」
「……」
……仁だ。
「梨緒、何してんの。こんなところで」
「別に。貴方には関係無い」
仁は1人分のスペースを空けて、私の隣に立った。
…最悪だ。
「お前さぁ…この前、玲香にいらんこと言うから。滅茶苦茶キレられて大変だったんだぞ。マジでお前のそういうとこよな。人として最低と言うか、脳足らずと言うか」
「……」
この人に言われたくない。
私はこの人と違って、嘘とか言わないけれどね。
脳足らずはそっちの方だ。
「……おい梨緒。無視せずに何か言えよ」
「煩い。話し掛けて来ないで」
「……はぁ?」
目線を外に逸らし、スマホを弄る。
仁は軽く舌打ちをして私の腕を掴んだ。
「やめてよ、何?」
「お前やっぱりムカつくわ。ちょっとこっち来いや」
「行かないし!」
噴水の周りに居た人達がざわつき始める。
しかし仁はそれを気にせず、私の腕を引っ張った。
……悔しい。
私が全力を出しても、仁の力には敵わない。
中井先生が来る頃には戻れるかな…なんて考え脱力すると、仁の動きが急に止まった。
「…んだよ、お前」
「…痴話喧嘩なのか、何か知らないけれど。ここでは、あまりにも人目に付きすぎる」
その人は仁の腕を思い切り握って振り解く。
少しだけ険しい表情をしたその人。
……中井先生だ。
「誰だよ、お前……」
「誰でも良いじゃない」
そう言って私の体を軽く引っ張り、仁から引き離した。
「会うのは2回目だね」
「はぁ? 俺は知らねぇよオッサンのこと」
「覚えていないなら、それで結構」
中井先生は睨むように仁を見つめ、フッと小さく笑った。
「しかし君、可哀想だね」
「……あ?」
「周りが見えていない上に、自分を客観視できていない」
そう言い残して、中井先生は店の方に向かって歩き始めた。
「………待てよ。オッサン、何者だよ」
「まぁ…良いんじゃないかな、知らなくても」
「は?」
仁の方をちらっと見ながら私も中井先生の後を追う。
その様子を見た仁は声を上げた。
「っあ、梨緒!! 逃げんな!」
しかし、その言葉も聞こえてきた高い声で掻き消される。
「じーん!!!」
その高い声の持ち主。
遠くからこちらに向かって走る兼森さんの姿が見えた。
仁は兼森さんと待ち合わせしていたようだ。
「待たせてごめんね!」
私が話した、仁にされたことや反省文を書かされていたことは、兼森さんにとって大したことでは無かったのだろう。
滅茶苦茶キレられただけで、今もまだお付き合いが継続しているというならそういうことだ。
「…安永、今のうち」
「…はい」
中井先生に差し出された手を握る。
兼森さんと合流した仁を横目に、2人で走って駐車場へ向かった。