愛し愛され、狂い焦がれる。

思い出


「城西建設の安永と申します。本日は、進路指導の中井先生とお約束させて頂いております」
「あ、はーい。お待ちしておりました」

受付を済まし、入校証を貰って校内に入る。
卒業生で校内のことを分かっているからということで、自力で進路指導室に向かった。

懐かしい校舎。
懐かしい感覚に胸がときめくが、そんな感情も仁が掻き消す。


「しかし…何でお前が先輩かのように、受付で対応するんだよ。俺の方が先輩だろ」

…始まった。
仁に聞こえないように小さく溜息をつく。

「…卒業生だから。別に良いじゃない」
「いや、そんなの関係ねぇよ。…お前…本当にその態度、俺の癇に障る。調子に乗るなよ」
「それはこっちの台詞。というか、もう校内だから。今、そういうこと言わないで」
「……あ? 何だって…俺に指図するって言うのか…?」

そう言いながら、仁は私の腕を荒く引っ張った。

…もう、心配していた通りになりすぎて…頭が痛い。


進路指導室まであともう少し。
そこまで行けば、中井先生に会える…そう思い半分諦め気味になっていると、私たちの背後から声が掛かった。


「…痴話喧嘩なのか、何か知らないけれど。ここでは、あまりにも人目に付きすぎる」
「…あ?」
「会うのはこれで3回目だね」
「…お前…誰だよ…」


中井先生…。


そうだ。
学校内での先生って、カッターシャツを着てネクタイを締め、その上に紺色の作業着を着ていた。

久しぶりのその姿に、思わず心臓が飛び跳ねる。


「別に、誰でも良いじゃない…って言いたいとこだけど、今日は名乗らないとね」


中井先生は私たちを抜いて、少し先にある進路指導室の扉を開けた。


「僕は、今年度から進路指導部の担当をしております、建築科教諭の中井誠司と申します。本日は良くいらっしゃいました。城西建設株式会社の採用ご担当者様」

冷静に、淡々とそう告げた中井先生。
表情は穏やかそうだが、その言葉には少しの怒りが混じっているように感じる。

「…進路指導部…教諭…」

そして仁はその言葉を聞いて青褪め、震え始めた。

「嘘だろ…。今の会話、聞こえていた?」
「だから人目に付くと言っているでしょう。……さて、どうぞ。お入り下さい」

冷たそうな目で仁を見つめ、私たちが部屋に入ると進路指導室の鍵を閉めた。

「…御社も、信用なりませんね。TPOを弁えることのできないこの男性を、採用担当者から外さないなんて…… 」
「…なんだと。俺の何を……」

棘のある中井先生の言葉に速攻で牙を剥く仁。

「それですよ。すぐにカッとなるところ。社会人たるもの、カッとなっても抑えるのが普通です。感情が抑えられない子供なのですね。普通は高校生でも感情のコントロールができます」

横に座っている仁は歯を食いしばり、貧乏揺すりを始める。
私はただただ、小さく縮こまっていることしかできなかった。

「……」

少し何かを考えていた仁は、表情をコロッと変え、今度は私を指差しながら軽く微笑んだ。

「…いや、俺が組まされている相手が悪いのです。こいつ、全然ダメでして~…俺が教育的指導をしてやらないといけないんですわ。さっきのも指導ですよ、はい」


この人、ダメだ。
率直にそう思った。


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