愛し愛され、狂い焦がれる。
暫く誰も来ない進路指導室で2人きりの時間を過ごした後、中井先生は急にこんなことを言い出した。
「多目的教室、行くか」
「…え」
多目的教室。
それは、8年前。商業科と建築科が打ち合わせや作業を行う時に使用していた教室。
そして…私と中井先生が顔を合わせる、唯一の場所だったところだ。
授業中で静まり返っている、進路指導室から多目的教室までの道。
久しぶりに歩く、母校の廊下。
その窓から見える景色や教室の感じなど、それらの懐かしい光景は、私の中で眠っていた懐かしい感情を蘇らせる。
「…安永、こんにちは」
「……」
私と先生。
多目的教室で顔を合わせたら、まずは必ず挨拶をしていた。
「…中井先生、こんにちは」
あの頃の、お決まりの挨拶。
私もそう返答すると、先生はくしゃくしゃな笑顔を浮かべて
「……やばい、泣きそう」
と言いながら、両手で顔を覆った。
『安永、電卓打つの速いな』
『商業科はみんな、こんな感じですよ』
『そうか? ここにいるお前以外の商業科生、そうに見えないけど』
『そうですかね?』
…蘇る、記憶。
『安永、これあげる』
『お菓子?』
『うん。他の商業科生は勿論、建築科の子らにも無いから。秘密で』
『…嬉しい。ありがとうございます』
あの時、特別な感じがして嬉しくて。
貰ったお菓子の写真をスマホで撮った。
そんなこと、すっかり忘れていたけれど。
その写真、今もまだスマホに残っているかも。
湧き上がってくる懐かしい記憶に浸っていると、背後から中井先生に抱き締められた。
「…やっぱり、ここに安永が居て欲しい。前にも言ったことがあるけれど、僕は今もここで、お前の姿を探してしまう」
先生の力強いその両腕は、心做しか震えているような気がした。
「先生、8年も空いてしまいましたけれど。これから私は…ずっと、先生の傍に居ます。この場所で会うことは二度と無いけれど、それでもずっと…先生の隣に…」
小さく、頷いた先生。
「あぁ。もう…お前を放さない…」
そして向かい合い、また…優しく唇を重ねる。
…大丈夫。
この場所ではなくても。
私と先生の2人で、あの頃の続きを描くことは…いくらでもできるのだから…。