桜吹雪が綺麗です。
 最後はうかがうように、やや早口で付け足されて、強張った顔で聞いていた千花はほっと息を吐き出した。
 柿崎を見上げると、真摯な光を宿した瞳が、労るように見つめてきていた。

(優しい……)

 今度こそ。
 ゆっくりと、顔の筋肉を動かす。
 ようやく、本当の笑みらしいものを浮かべることができた。

「すごく……助かりました。どうしていいかわからなくて。私、もう結構いい歳なんですけど」
「歳は関係ないです。予期せぬ暴力にさらされたら誰だってうまく対処なんかできません。セクハラを受け流せる女がカッコイイだなんて、そんなのは過去の価値観だ」

 力強く言い切られる。
 じわっと目に涙が浮かびかけて、(まばた)きでごまかした。

「あなたには、チョコのお礼もしたかったのに、また大きな借りが」
「借りじゃないですよ。出来ることをしただけなので」

 彼は手持ちのカバンに手を突っ込み、名刺入れを取り出した。
 気負った様子もなく、一枚さっと差し出してくる。

「柿崎です」

 柿崎創一郎(かきざきそういちろう)

 思った通りの名前が書かれていた。
 彼は自分のことは思い出しただろうか。
 できれば思い出してほしくない。

「ごめんなさい。私は名刺をきらしていて」

 名刺を受け取りながら、ささやかな嘘をついた。
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