桜吹雪が綺麗です。
 笑いながら顔を上げてその目を見た瞬間、「あ」という形に口があいて止まってしまった。
 目がものを言っている。

(……気付いている……!)

 涙を隠したこと。
 そしておそらくたったいま、千花が柿崎の過去に気づいていることにも、気づかれた。
 何しろ千花は彼に名乗られる前に、彼の名前を呼んでいる。
 偶然耳にしたから、という言い訳は状況的に苦しい。
 どうしよう。

「『石垣さん』には、誰か迎えに来てくれる人はいます?」

 動揺している間にも、柿崎は何気なく話を進めていく。
 名前。それこそ、耳にしたから知っているという(てい)でもあるし、もとからの知り合いであると暗に示しているようでもある。

「彼氏なり友達なり呼ぶなら、来るまで待ちます。相手がすぐに捕まらないなら、俺が家まで送ります。さすがに、ここからいま一人になるのは嫌ですよね」

 思ってもいないことを言われて、返答につまった。
 それから、自分は同僚に襲われかけたのだ、という事実が再び頭の中に浸透してきた。
 本気で嫌がれば襲うつもりはなかったかもしれないが、三木沢の言う「一回だけ」に応じたら、どこへ連れ込まれていたことか。

(二十九歳にもなって、向こうは妻子もいるから想像もつかないんだろうけど、こっちは処女だし「一回」で割り切って遊べる感覚からして、さっぱりわからないんですけど……)

 なんの合意もなかったのに抱きしめられたショックは、大きい。
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