桜吹雪が綺麗です。
 今から、駅に向かって電車に乗り、最寄り駅に向かい、そこから歩いて家まで帰る――。

(無理そう……。でも、こんなときに呼びつけられるような友達はいない。みんな忙しいだろうし)

 千花の迷いは、柿崎に見透かされてしまう。

「そのボイスレコーダー、まだ電源入っています。俺が石垣さんに何かしたら、証拠になりますから。家までついていったからと言って、部屋番号教えろとか、中に入れろなんて言わないですし。信用は、あんまりないかもしれませんが」
「いや、なくないです! 感謝しているし、信用したいなと思っているし」

 全くの初対面でもないというのも、大きい。

(頼って良いなら頼りたい……!)

 入社以来の同期にてひどいめに合わされたばかりで、「知り合いだから」は何も意味がないのもよくわかってはいるのだが。

 ここから家まで夜道を警戒しながら帰って、戸締り気をつけて、急なチャイムには怯えて、話す相手がいるわけでもなく土日を過ごして、月曜日には何故か自分が気まずい思いをして三木沢に会う。
 心休まる出来事が何一つない。

「……お願いしても、良いでしょうか」

 迷いはまだあったけれど。

「そのつもりです。せっかくなので、少しだけ桜見ながら帰りましょうか」

 柿崎は、昔のことにも、先ほどのことにも触れることなく、優しい口ぶりで千花にそう言った。
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