桜吹雪が綺麗です。
 楽しく話しながら食事をしたことで、心に受けた痛みは回復しつつあった。
 歩く道すがら、柿崎と当たり障りのない会話をしているだけで、モヤモヤとした嫌な思いも、ゆっくりと溶けていく。
 千花は「深入りしないしない」と、何度も自分に言い聞かせねばならなかった。

 柿崎のスペックで、彼女がいないわけがない。
 もっと一緒にいて欲しいなんて、願ってはいけない。 

 千花の住むマンションは、駅から徒歩十五分は誇張ではない。
 たっぷりと時間をかけて住宅街の中を通り、最後の角を曲がる。
 視線を奪うのは、ライトアップされた桜の大木。

「すごい」
「うちのマンション、すぐそこ。この時期だけね、桜のライトアップしているの。写真撮りに来ているひと結構いる。きれいだけど、良し悪しかな。落ち着かなくて」

 聞かれもしないことを、べらべらと喋ってしまう。
 別れの時だ。
 桜を見上げている柿崎の整った横顔に、「帰り道大丈夫?」と声をかけると、「覚えていますよ」と返される。

「私をかばってくれたとき、うちの会社に来るまでに道に迷って交番行ったって……迷子になりやすいのかと」

 千花が言うと、柿崎が「ああ」と軽くふきだした。

「交番の前を通ったことを、覚えていただけです。『俺、躊躇なく交番行ったり110番しますよ』って意味での、はったり。あいつ『通報されるレベルの悪いことしている』って、言わないとわからなさそうだったから。俺、これは冗談で言ってないですよ。そのボイレコの記録があれば、裁判になっても簡単に負けないはずです。少なくとも、あいつの社内での信用はがた落ち……」

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