桜吹雪が綺麗です。
「俺は忘れ物を取りに。何か気になることでも?」

 千花の落ち着かない様子に気づいて、促すように尋ねてくる。

「あの、見慣れないひとがいたなと思って」

 視線で追うのは諦めて、それだけ言うと「ああ」と三木沢は頷いた。

「外部SEじゃないかな。うちのシステム部と合同で、四月から社内システムの再構築とか保守とか」
「なるほど。そういえば聞いたね。古くなっているところ、いろいろと変えるって。じゃあ、今日は顔合わせでもあったのかな」

 そっかそっか、と話を合わせて椅子から立ち上がる。
 三木沢の視線がちらりと下に向けられた。

「いいの、それ」

 それというのは、先程柿崎が置いていった板チョコを指しているらしい。 
 見られたのが妙に気恥ずかしく、千花はとっさに手に取って、ジャケットのポケットにつっこんだ。

(御礼を言う間もなかった……。どうしよう。また会えるのかな)

 ありがとうくらいは言いたいし、借りは作りたくないから何か返したい。
 その一方で、もし彼が本当に生徒の柿崎なら、自分が「先生」だとはできれば気付かれたくない。
 いまだに彼氏もいなくて、仕事しかしていなくて、将来の展望も休日の予定もろくにないとは、知られたくなかった。

 何していたの? なんてあの余裕そうな微笑みで聞かれたら、穴を掘って埋まりたくなる。
 それこそ、少年の面影をわずかに残す、甘い美貌でくすっと笑われたら、立ち直るまで時間がかかりそうだ……。
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