無自覚姫は今日も美形集団を纏わせる
無責任な親と怒り
〈side 氷空〉
「ごめん、なさいっ・・・」
家に帰ってきてすぐ、いつも通りじゃないのは真空が最初に『ただいま戻りました』と言わないこと。
背中、痛いだろうに・・・。
「・・・ね、顔上げて?どうして泣いてるのかと・・・謝ってるのか、教えて・・・?」
さすがに母さんの前では話せないかもしれない。
自室に連れて行き、真空をベッドに座らせると。
「ホントに・・・っ。ごめん、ねっ・・・氷空・・・くん・・・」
・・・泣いている。
でも、俺のベッドを汚しまいと一生懸命涙を拭っている。
「擦らないで。眼が腫れるから。傷ついたら駄目だし、はいこれ」
ふかふかのタオルを差し出すと、真空は恐る恐る受け取ってそのタオルに顔を伏せた。
真空がこちらを見ていないのをいいことに──俺はニヤニヤしていた。
いや、人が・・・好きな人が泣いている前でニヤニヤって最低だな、俺・・・。
・・・でも、でもさ?
『氷空・・・くん・・・』って・・・一瞬、真空に呼び捨てで呼ばれたかと思った。
心臓に悪いな・・・自覚はないんだろうけど。
「・・・なにがあった?誰かに会った?怖いコトでも起きた・・・?」
「氷空くん・・・っ。氷空、くっ・・・」
嗚咽まじりに俺の名前をひたすら呼ぶ真空。
「大丈夫。大丈夫だよ・・・」
そっと背中をさする。
すると、震えていた真空の背中が落ち着きを取り戻してきた。
『大丈夫』なんて・・・全然、そんなことなかったなんて、考えてなかったんだ。
「あのね・・・」
涙が止まり、ぎゅっとタオルを握る真空。
「・・・うん。大丈夫だから・・・話してごらん?」
「・・・私・・・あと半年で、この家を出てかなきゃいけないの・・・」
「そっか・・・っ、え?」
「たくさんお世話になっておきながら・・・また、自分の都合で出て行くの・・・。自分が・・・っ許せないっ・・・」
「出て行くって・・・ご両親が帰って来たの?・・・別に、真空が考えてること、誰一人思ってないよ?俺も大丈夫。学校で会えるもんね」
「・・・会えないの」
その一言で・・・すべてが変わる気がした。
「・・・会えない?どういうこと?」
「・・・遠くにね。引っ越すことになったの」
「・・・ご両親の仕事の予定・・?」
「違う・・・今日、急に帰ってきて・・・お母さんがココにも飽きたって・・・」
「は・・・?」
急に帰ってきたのに・・・急に引っ越し?
理由もそんなくだらないことで?
そりゃ毎日同じ景色なんだから飽きるだろうけど・・・!
でもご両親はほとんどを海外で過ごしてるんだろ・・・!!
「だから当然学校も変わる・・・友達だって。それにお母さんは・・・1回引っ越したところには2度と行かないから・・・もう皆とは会えない・・・っ!」
・・・なんでだよ。
「・・・真空は・・・嫌だって言ったの?」
「言ったよ・・・でもうちは、お母さんが1番だから・・・お母さんの圧がある声で名前を呼ばれたら黙るしかないの」
ふつふつと怒りが湧いてくる。
「ご両親は・・・ずっと、真空を放ってたんだよね・・・?」
「・・・っ、うん・・・」
・・・なんてことだ。
ずっと放っておいて・・・急に家に帰ってきたと思えば、引っ越し?
その理由が飽きたから?
学校を・・・友達との生活を楽しんでる娘も巻き込んで?
圧で黙らせる?
ふざけるなよ・・・なにをほざいてるっ・・・!
痛い目見せてやる・・・母さんだったら1発で殺してくれるだろう。
真空のことを・・・悔しいほどに可愛がって、大切にしていたから。
こんなこと知ったら・・・怒り狂って止めようがなくなるだろうな。
Vistaの皆も・・・きっと命を懸けてでも協力してくれる。
だって・・・ねぇ?
部室であんなにメロメロに・・・う~ん、思い出すだけでモヤモヤする。
真空を1番先に好きになったのは俺なのに・・・。
・・・っと、今はそれどころじゃないんだ。
「・・・母さんに話していい?」
「・・・うん。半年だけど・・・それで恩が少しでも返せるなら」
「恩とかホント、気にしなくていいから。真空がいてくれたおかげでうちも華やかになったしね」
「・・・ありがとう・・・」
また少し涙がこぼれた真空はそっと涙を拭い、立ち上がった。
「ベッドに座っちゃってごめんね。まだお風呂入ってないのに・・・」
「もう、そんな細かいコトいいから。ほら、行こう」
──お姫様。
そう呼んで手を差し伸べれば真空は嬉しそうに微笑をこぼし、その手を取る。
「・・・行こう」
「うん」
部屋を出てリビングに行こうとすると。
2階の自室から降りるためにつながる階段の1番下に母さんが立っていた。
降りてくる俺たちを見て、母さんは階段をかけ上がろうとして・・・そうしたら邪魔になることを考えて階段のそばの扉を開け、リビングに行った。
「・・・で・・・なにがあったの真空ちゃん・・・!」
「えっと・・・実は・・・この家を出て行くことになってしまって・・・」
「・・・はぁ・・・?!」
思わず、と言ったように身を乗り出した母さん。
それをなだめ、俺は真空の手が震えていることに気づいた。
その小さな手を握り、真空に微笑みかける。
「なぁにその雰囲気・・・結婚の許しを貰いにくるカップルみたいね・・・」
「あはは、ホントはそうであってほしいんでしょ」
「そうね。そうだったらいいけど・・・って未来のコトは置いておいて!出て行くってどういうこと・・・?!」
「両親が帰って来たんです。それで遠くに引っ越すことになって」
「ご両親はずっと真空ちゃんのこと、放っておいたんでしょう・・・?」
「・・・はい」
困惑気味の真空の思考が読める。
『氷空くんと同じこと言ってる・・・』
・・・だ。
これは別に、好きな人と一心同体とかではない。
俺もそう思っただけだから。
つくづく親子だなぁと実感する。
そんな真空の表情に気づいているのか気づいていないのか。
「なんでそんな人についていくの・・・!ここに居ればいいじゃない。だってご両親は・・・っ」
「そ、そんなに怒らないでください・・・あの、お母さんの言うことは絶対なので・・・どんな理由だろうと・・・」
「・・・そう、理由!仕事?それなら海外にいてほったらかしにしてたくらいなんだから置いて行ってもいいじゃない」
「・・・お母さんが埼玉県に飽きたみたいです。今度は佐賀県らしいです」
「遠いわね・・・!断っちゃいなさい、真空ちゃん!」
「すみません、氷空くんママ・・・断ろうと思ったんですけどやっぱりお母さんの言うコトは我が家では絶対的な権力があるんです。お母さんは旧財閥の3女だから・・・」
なるほど・・・だから大人になってもそんなわがまま言ってるのか。
父方も大変だろうな・・・。
・・・いや、引っ越すってわがまま言った母方を止めないのも問題だ。
止めてくれれば・・・父方のほうは許せたのに。
どうしようもない怒りが俺を支配し、真空のほうを見た。
「「・・・」」
母さんも俺と視線を合わせる。
「「・・・向埜鳥家に突撃に行っていい?」」
「えっ・・・突撃?!えっと、もともと止めますが両親はもう外国に行ったので・・・」
「「・・・はぁ?!」」
勝手に引っ越すとか意見も聞かずにまた旅行行くとか・・・許せない。
俺がやっぱり痛い目見せる・・・!!
・・・まぁ、それを真空に止められたのは言うまでもない。
・・・会える機会もないしね。
〈side 氷空 END〉
「ごめん、なさいっ・・・」
家に帰ってきてすぐ、いつも通りじゃないのは真空が最初に『ただいま戻りました』と言わないこと。
背中、痛いだろうに・・・。
「・・・ね、顔上げて?どうして泣いてるのかと・・・謝ってるのか、教えて・・・?」
さすがに母さんの前では話せないかもしれない。
自室に連れて行き、真空をベッドに座らせると。
「ホントに・・・っ。ごめん、ねっ・・・氷空・・・くん・・・」
・・・泣いている。
でも、俺のベッドを汚しまいと一生懸命涙を拭っている。
「擦らないで。眼が腫れるから。傷ついたら駄目だし、はいこれ」
ふかふかのタオルを差し出すと、真空は恐る恐る受け取ってそのタオルに顔を伏せた。
真空がこちらを見ていないのをいいことに──俺はニヤニヤしていた。
いや、人が・・・好きな人が泣いている前でニヤニヤって最低だな、俺・・・。
・・・でも、でもさ?
『氷空・・・くん・・・』って・・・一瞬、真空に呼び捨てで呼ばれたかと思った。
心臓に悪いな・・・自覚はないんだろうけど。
「・・・なにがあった?誰かに会った?怖いコトでも起きた・・・?」
「氷空くん・・・っ。氷空、くっ・・・」
嗚咽まじりに俺の名前をひたすら呼ぶ真空。
「大丈夫。大丈夫だよ・・・」
そっと背中をさする。
すると、震えていた真空の背中が落ち着きを取り戻してきた。
『大丈夫』なんて・・・全然、そんなことなかったなんて、考えてなかったんだ。
「あのね・・・」
涙が止まり、ぎゅっとタオルを握る真空。
「・・・うん。大丈夫だから・・・話してごらん?」
「・・・私・・・あと半年で、この家を出てかなきゃいけないの・・・」
「そっか・・・っ、え?」
「たくさんお世話になっておきながら・・・また、自分の都合で出て行くの・・・。自分が・・・っ許せないっ・・・」
「出て行くって・・・ご両親が帰って来たの?・・・別に、真空が考えてること、誰一人思ってないよ?俺も大丈夫。学校で会えるもんね」
「・・・会えないの」
その一言で・・・すべてが変わる気がした。
「・・・会えない?どういうこと?」
「・・・遠くにね。引っ越すことになったの」
「・・・ご両親の仕事の予定・・?」
「違う・・・今日、急に帰ってきて・・・お母さんがココにも飽きたって・・・」
「は・・・?」
急に帰ってきたのに・・・急に引っ越し?
理由もそんなくだらないことで?
そりゃ毎日同じ景色なんだから飽きるだろうけど・・・!
でもご両親はほとんどを海外で過ごしてるんだろ・・・!!
「だから当然学校も変わる・・・友達だって。それにお母さんは・・・1回引っ越したところには2度と行かないから・・・もう皆とは会えない・・・っ!」
・・・なんでだよ。
「・・・真空は・・・嫌だって言ったの?」
「言ったよ・・・でもうちは、お母さんが1番だから・・・お母さんの圧がある声で名前を呼ばれたら黙るしかないの」
ふつふつと怒りが湧いてくる。
「ご両親は・・・ずっと、真空を放ってたんだよね・・・?」
「・・・っ、うん・・・」
・・・なんてことだ。
ずっと放っておいて・・・急に家に帰ってきたと思えば、引っ越し?
その理由が飽きたから?
学校を・・・友達との生活を楽しんでる娘も巻き込んで?
圧で黙らせる?
ふざけるなよ・・・なにをほざいてるっ・・・!
痛い目見せてやる・・・母さんだったら1発で殺してくれるだろう。
真空のことを・・・悔しいほどに可愛がって、大切にしていたから。
こんなこと知ったら・・・怒り狂って止めようがなくなるだろうな。
Vistaの皆も・・・きっと命を懸けてでも協力してくれる。
だって・・・ねぇ?
部室であんなにメロメロに・・・う~ん、思い出すだけでモヤモヤする。
真空を1番先に好きになったのは俺なのに・・・。
・・・っと、今はそれどころじゃないんだ。
「・・・母さんに話していい?」
「・・・うん。半年だけど・・・それで恩が少しでも返せるなら」
「恩とかホント、気にしなくていいから。真空がいてくれたおかげでうちも華やかになったしね」
「・・・ありがとう・・・」
また少し涙がこぼれた真空はそっと涙を拭い、立ち上がった。
「ベッドに座っちゃってごめんね。まだお風呂入ってないのに・・・」
「もう、そんな細かいコトいいから。ほら、行こう」
──お姫様。
そう呼んで手を差し伸べれば真空は嬉しそうに微笑をこぼし、その手を取る。
「・・・行こう」
「うん」
部屋を出てリビングに行こうとすると。
2階の自室から降りるためにつながる階段の1番下に母さんが立っていた。
降りてくる俺たちを見て、母さんは階段をかけ上がろうとして・・・そうしたら邪魔になることを考えて階段のそばの扉を開け、リビングに行った。
「・・・で・・・なにがあったの真空ちゃん・・・!」
「えっと・・・実は・・・この家を出て行くことになってしまって・・・」
「・・・はぁ・・・?!」
思わず、と言ったように身を乗り出した母さん。
それをなだめ、俺は真空の手が震えていることに気づいた。
その小さな手を握り、真空に微笑みかける。
「なぁにその雰囲気・・・結婚の許しを貰いにくるカップルみたいね・・・」
「あはは、ホントはそうであってほしいんでしょ」
「そうね。そうだったらいいけど・・・って未来のコトは置いておいて!出て行くってどういうこと・・・?!」
「両親が帰って来たんです。それで遠くに引っ越すことになって」
「ご両親はずっと真空ちゃんのこと、放っておいたんでしょう・・・?」
「・・・はい」
困惑気味の真空の思考が読める。
『氷空くんと同じこと言ってる・・・』
・・・だ。
これは別に、好きな人と一心同体とかではない。
俺もそう思っただけだから。
つくづく親子だなぁと実感する。
そんな真空の表情に気づいているのか気づいていないのか。
「なんでそんな人についていくの・・・!ここに居ればいいじゃない。だってご両親は・・・っ」
「そ、そんなに怒らないでください・・・あの、お母さんの言うことは絶対なので・・・どんな理由だろうと・・・」
「・・・そう、理由!仕事?それなら海外にいてほったらかしにしてたくらいなんだから置いて行ってもいいじゃない」
「・・・お母さんが埼玉県に飽きたみたいです。今度は佐賀県らしいです」
「遠いわね・・・!断っちゃいなさい、真空ちゃん!」
「すみません、氷空くんママ・・・断ろうと思ったんですけどやっぱりお母さんの言うコトは我が家では絶対的な権力があるんです。お母さんは旧財閥の3女だから・・・」
なるほど・・・だから大人になってもそんなわがまま言ってるのか。
父方も大変だろうな・・・。
・・・いや、引っ越すってわがまま言った母方を止めないのも問題だ。
止めてくれれば・・・父方のほうは許せたのに。
どうしようもない怒りが俺を支配し、真空のほうを見た。
「「・・・」」
母さんも俺と視線を合わせる。
「「・・・向埜鳥家に突撃に行っていい?」」
「えっ・・・突撃?!えっと、もともと止めますが両親はもう外国に行ったので・・・」
「「・・・はぁ?!」」
勝手に引っ越すとか意見も聞かずにまた旅行行くとか・・・許せない。
俺がやっぱり痛い目見せる・・・!!
・・・まぁ、それを真空に止められたのは言うまでもない。
・・・会える機会もないしね。
〈side 氷空 END〉