無自覚姫は今日も美形集団を纏わせる
目を覚ますと、消毒のにおいがした。
「ん、んんー・・・」
「っ、真空?!大丈夫か・・・?!」
「・・・んぇ・・・、・・・あれ?」
「・・・どうした?」
私の視界にいるのは心珠。
私・・・意識失って、誰かに抱き留められて・・・。
・・・おかしいな・・・。
私が意識を失う前、抱き留められたときに私の鼻をかすめた匂いは心珠の匂いじゃなくて・・・。
氷空くんの匂い、だったはずなのに。
「・・・心珠が、私を運んでくれたの?」
「・・・あぁ俺が・・・運、んだ・・・」
「・・・そっか。ありがとう」
「・・・いや、真空になにもなくてよかった。ストレスが溜まりすぎたのが原因らしいが・・・」
気のせいだ。
きっと・・・私が1番仲がいいのが氷空くんだから、勝手な思い込みしちゃってたんだ。
「みんなに心配かけちゃったなぁ・・・こんなときなのに・・・」
「・・・ん?こんなとき?」
「あ・・・そうだ。心珠、1つお願いしていい?」
「あぁ、なんでも言え」
「・・・Vistaのみんなと・・・葵厘を、呼んできてほしい」
「・・・わかった。今、保健室の先生がいないから少しの間1人になるが大丈夫か・・・?」
「うん、大丈夫。お願いね、心珠」
「あぁ、安静にしておけよ」
心珠は少し笑って保健室を出ていった。
気のせい、気のせい、きっと・・・私の、気のせい・・・。
この際、『抱き留めてくれたのが氷空くんじゃなかった』という自分でも理解できない残念な気持ちは無視しておくことにした。
あーあ・・・なんで倒れちゃうんだろう。
ストレスは、溜まっていた。
・・・いや、みんな溜まるよね?
ずっと自分を放っておいた両親から急に引っ越しを告げられて。
理由は驚くほどくだらなくて。
異論はないよねって変な圧かけられて。
・・・こっちは学校に大切な友達が何人もいるっていうのに。
引っ越しするまで、ずっと笑顔でいるつもりだったのに。
心配かけないように気にしてないよって明るく過ごしていくつもりだったのに。
なんでこんなにうまくいかないんだろう。
・・・あれ・・・?
『気にしてないよ』って。
みんなと別れてもちっとも寂しくないよって言っているのと同じじゃない・・・?
う、わ・・・私、なんて間違いしてたんだろう・・・。
このまま行ってたら・・・みんなを大切に思ってないって勘違いされちゃうっ・・・。
あーぁ・・うまくいかなくてよかったぁ・・・。
これも神様のおかげ、ってね。
ドタドタドタドタ!!!
えぇ・・・廊下は知ってる人~・・・。
危ないよ?
転ぶよ?
怪我するよ?
先生に怒られるよ?
・・・内申点下げられるかもよ?
私、先生にチクるとかしないけどね?
やめようね?
私、体育委員長だからさ。
昴月学園って保健委員がなくて。
保健室に来た人の手当とかも体育委員がぜんぶ受け持ってるんだよ。
だから私・・・保健室来たら『事情全部知ってますよ?』って言うよ?
・・・言わないけどさ。
ガラッ!
・・・え?
待って、ホントに怪我したの?
ウソでしょ?
私今病人!患者!
保健室の先生いないから!!
「真空・・・!」
「あれ・・・?」
氷空くんの声だ。
「真空ちゃ~・・・ん・・・?」
「あれれ・・・?」
これは蓮羅くん。
「真空ちゃん、大丈夫・・・?」
「あれれれ・・・?」
これは琴李くんの声。
「・・・真空、体調はどうだ?」
「あれれれれ・・・ぇ?」
最後は葵厘の声だ。
・・・心珠、だよね・・・?
早くない?
階段かけ上がったの?
危険だよ・・・?
・・・こんなに早いってことはみんなも走るのに協力したの・・・?
あの校則に厳しそうな琴李くんまでもが・・・?
「・・・走った?」
「あぁ」
褒めてと言わんばかりに笑って自信満々に即答した心珠。
「心珠・・・ってさぁ・・・」
「ん?」
期待のこもった視線で見つめないで。
なんて純粋な瞳なの、可愛いね。
・・・じゃなくて!
「・・・生徒会長さん、だよね・・・?」
「・・・っ、いやぁ・・・」
目をそらさないで。
歌詞みたいのにあったような言葉だけどホントに今、それを言いたい。
別にね?
『私から目をそらさないで』とか彼氏がほかの女の子に目移りしたときの彼女の言葉じゃないけど・・・。
変な意味ではなく、今心珠にそう言いたい。
「ごめんね、真空ちゃん。心珠、ホントに必死で・・・倒れている真空ちゃんのお願いだったら犯罪でもやっちゃいそうな感じだったんだ。それに僕たちも心配で・・・」
「そ、そっか・・・、ありがとう、琴李くん・・・」
思わず苦笑いを返すと氷空くんがベッドに近寄ってきた。
「真空・・・大丈夫・・・?」
「うん、大丈夫!ほ──」
ほら!と腹筋で勢いよく起き上がろうとしたら。
「わ!起き上がっちゃ駄目!寝てて!!」
氷空くんは潤んだ瞳で私の肩を押し、私はベッドへ戻されました。
なんでそんな目が潤んでるんだろう・・・?
不思議になって首をかしげると蓮羅くんがあはは~・・・と笑った。
「氷空くんね~、心珠くんからの連絡がなかなか来なくて~泣きそうだったんだよ~。そしたら心珠くんが急いで教室に入ってきたせいで~真空ちゃんになにかあったんじゃないのかって泣き出してね~」
な、泣いてたの・・・?
倒れただけで・・・?
も、もしかして私、倒れたときに息してなかったとか心臓止まってたとか・・・。
・・・い、いやいや・・・、それだったら保健室じゃなくて病院行きだよね、ウン。
「ちょっ・・・蓮羅、わざわざそれ言わなくてもっ・・・。し、真空、俺、泣いてなんかないから、ね・・・?」
焦ったように蓮羅くんに制止をかけ、私に訴えてきた氷空くんの頭をそっと撫でた。
「そっかそっか、ありがとね、氷空くん。私は大丈夫だから・・・泣かなくてもよかったんだよ?」
「だ・・・っ、だから、泣いてないよ・・・!っていうか蒼鷺も泣きそうだったし!」
「・・・泣いてない」
「泣きそうだった!すっごい涙落ちそうだった!!」
「・・・俺は・・・あのことが真空にストレス与えたのかもと思って・・・」
氷空くんの言い訳(?)をかわし(?)葵厘はベッドの横にある椅子に座った。
周りにも人数分、椅子がある。
っていうか『あのこと』って・・・。
もしかして【監禁&キス】のことかな・・・?
「あのことじゃないから大丈夫だよ。私のストレスは・・・両親だから・・・」
「両親にストレス与えられてるのか・・・?・・・そいつ、殺ろうか?」
「だっ大丈夫ですー」
慌てて葵厘を止めると、琴李くんが首を傾げた。
「『あのこと』って?」
「あー、えっとぉ・・・」
「俺と真空の秘密だ」
うん、そうしておいてもらった方が嬉しい・・・。
「・・・そうだ。それでみんなを呼んだ理由なんだけど・・・氷空くんはわかる、かな?」
「・・・うん」
「よかった。私の言葉足らずのところがあったら助けてね。・・・えっとね・・・」
なにから話そう・・・。
『嫌なんだけどね』をはじめに強調するのは間違ってる気がする。
『みんなのこと大好きだよ』も理解できないだろうし・・・。
・・・やっぱり、ストレートに『引っ越すんだ』って言ったほうがいいよね。
「私・・・」
言おうと思ってもすぐには言葉が出ない。
それでもみんなは静かに待って、耳を傾けてくれている。

そんなみんなが──大好きだって思った。
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