ヨルの殺人庭園
七日目:誰もいないこの世界では
目を覚ます。体の痛みは無くなっていて、心に風は吹いていなかった。薄緑の清涼な朝だ。
降りていっても、母親はいない。今日は早出なのだろうか。
私は一人リビングで手を合わせ、食事を始めた。ちゃんと箸が進むようになったのは、嬉しいことなのか、悲しいことなのか。
でも、泣いても笑っても今日が最後だ。死ぬとしても生きるとしても今日が最後だ。そう思うと、これは最後の晩餐なんじゃないか、とさえ思えてきた。もちろん、私が今までそれを意識してこなかったのが不思議なくらいなのだが。
白飯を口に入れながら、一人で今日の作戦会議を始める。リリカたちがもうこれ以上死なないようにするには、放送部でヨルに会う必要があるだろう。交渉の余地があるかは分からないけれど、昨日の感じだと、話は聞いてくれそうだ。
……だって、ヨルは、私から生まれたのだから。
手を合わせ、誰もいない部屋にごちそうさまを言う。今日は少し早く出て、鉄の棺桶に乗りに行く。
今日も人混みに呑まれ、退屈な三十分を過ごす。イヤホンが無ければ騒音で気が狂ってしまいそうだ。刺激的な音楽を聴きながら、ぼーっと窓の外を眺める。
ふと視線をやれば、電車内は英単語帳を見つめている学生たちで溢れていた。そういえば試験前一週間くらいだったか。
もしも生き残ったら、私はこの試験を受けることになるのだろう。そして「優等生」らしく良い点を獲って、母親と父親を満足させて、先生と弟に褒められて──でも、それ以外には誰もいない。「優等生」とからかってくるウヅキも、尊敬したような眼差しで私を見るリリカも、いなくなってしまう。
一人になったら、文芸部は当然無かったことになる。私は誰に宛てて小説を書くのだろう。きっと小説を書く行為は止められないけれど、そのモチベーションは下がってしまうはずだ。
などと考えているうちに、電車は駅に着く。つまらない顔をした学生たちが一斉に出ていって、私はその波に呑まれる。鉛色の憂鬱に心が満たされてしまいそうだ。だが、絶望している暇など無い。
学校に辿り着いて、足早に放送室へと向かう。鍵をどこかで入手しなければならないな、と考えていると、放送室がほんの少し開いているのを見つけた。
職員室のほうをちらりと見て、誰もいないことを確認する。それから一度頷き、ドアノブを捻った。
その瞬間、息ができなくなって、意識が暗転する。それはまるで、あの部室に飛ばされるかのように。あ、と漏らした私の声が、黒く断絶された闇の中に消えていった。
◆
黒から白へ、そして紫へ。目がちかちかする。暗い部屋の中が、紫色の光で溢れていた。ここは、放送室ではない。
まず目についたのは、そこら中に溢れるモニターだった。そのほとんどが学校内を映している。また、タッチパネルがたくさん置いてあって、それも毒々しく紫色を放っているのであった。
そして部屋の奥、誰かが少し高い椅子に座っている。白い光に照らされていて、逆光になっているからか、その影が誰かは分からない。ただ、肩幅からいって男性だろうか。
……ヨルが、男性?
私はその影にゆっくり、ゆっくりと歩み寄った。耳元で鼓動が聞こえる。こめかみが脈打つ。足先が痺れる。そして真後ろに立つと、静かに問いかけたのだった。
「……誰? あんた」
すると、くるりと椅子が回る。暗い部屋の中でも、その顔を見ることはできた。赤い目が、ぎらり、光を帯びている。白い前髪で隠れたもう片方の目が、歪に弧を描いている。
彼は、相原隼人は、テノールの声で、こう答えた。
「ようやく来てくれたね、マキ」
ハヤトの声は羽毛のようにとても優しかった。それでいて期待に満ちて薄明るかった。
私は後退り、ハヤトの顔を見上げた。
「なんであんたが生きてるの……!?」
「なんで……か。ヨルにこのゲームの裏技を教えてもらったから……かな?」
「裏技……?」
そう言ってハヤトはスマートフォンを取り出す。スマートフォンの表示はバグを起こしたのか、三十二時二十九分とありえない表示をしていて、画面は黒いノイズがかかっていた。
私がその表示に唖然としていると、ハヤトはクスッと笑って話の続きをした。
「実はこのゲーム、『スマートフォンに触れていると』退場するようになってるんだよね」
「何、それ……意味分かんないんだけど……」
「まぁ、簡単に言えば、スマートフォンに触れてなければ死ぬことは無かったってことだよ」
スマートフォンに触れない。その言葉に、ある光景が思い起こされる。ハヤトは処刑のとき、誰よりも先にスマートフォンを「地面に」置いていた。しかも、誰もハヤトの死を確認しなかった……
つまり、彼が死んだのは演技だったということだ。
「っていう話なんだけど……」
「じゃあ……黒幕はあんた、ってこと?」
「やだなぁ、人のこと棚に上げちゃって……裏切り者っていうのはさ、このゲームの黒幕、って意味なんだよ」
「はぁ……?」
ハヤトがそう言うと、キィ、と音を立てて後ろの扉が開いた。私が入ってきた扉だ。振り返ると、その先も黒に絶たれていたが、一人の人影が立っていた。
白髪に、赤い瞳。ハヤトと違うのは、髪の毛は長いこと、そして少女であるということ。和柄の描かれたパーカーとデニムのショートパンツを着ていて、緩いスニーカーを鳴らしてこちらへやってくる。
ハヤトは緩く微笑み、おかえり、と言った。少女はピースして、ただいま、と返す。
「ま、まさか……あんたが、ヨル……?」
「そうだよー。私はヨル。またの名を、相原月詠。ようやく揃ったね、お父さんにお母さん」
お父さん、というのはハヤトを指すのだろうか。だとしたら、お母さんは私だ。
……ヨルを作ったのは、私だ。でも、この月詠という少女に見覚えは無い。
ヨルはハヤトを押し出すと、自分が椅子に座った。まるで玉座に座るように横柄な態度で座ると、にっ、と歯を見せて笑ってみせた。
「ツクヨミマキ、私の赤い髪飾りは受け取ってくれた?」
「ちょっと待って……私の知ってるヨルじゃない。あんた、何者?」
「何者って……そっか、そこから説明しなきゃだよねー。ハヤト、手伝ってくれる?」
「そうだね。オレも理解に苦しんだし……でもまぁ、マキなら頭が良いからすぐ理解してくれるよ」
ヨルは愉しそうに笑うと、それじゃあ、と言ってタッチパネルを弄り始めた。すると、モニター一面に紫色の四角い箱が映し出された。それは黒を背景としてくるくると回っている。どこかで見たことがあるものだ──確か、夢の中で……
「まず、重大な事実を発表しようと思います──なんと、この世界はゲームの世界なのです!」
ヨルが拍手をした途端、視界にノイズが走った──否、空間にノイズが走った。そのノイズをよく見ると、零と一の数字が並んでいる。
ハヤトが、それ止めてよ、と言えば、ヨルはすっと手を膝の上に置き、私のことを見下ろした。
「ゲームの世界……いや、仮想世界って言ったほうが良いかな、そのキャラクター、それがマキたちだよー。どう? これで『人が消えた』理由、分かるんじゃない?」
「……分かんないよ。ゲームとか仮想世界とか、意味分かんない……」
「簡単に言うとさ、処刑されたとき、ゲーム世界からキャラクターが消去されたんだよ。だから存在ごと無くなったってことだよ」
「そうそう! このパネルを押すだけでお手軽に人を消せるよ。たとえばこんな感じでね!」
ヨルはタッチパネルを操作した。そこには、私たちの化学基礎を担当する先生の名前が書いてあった。モニターは途端に彼を映し出す。ヨルはタッチパネルを操作し、そして、彼の存在の項目をオフへと変更した。
その瞬間、紫色のノイズを残し、画面から彼が消え去った。うわっ、と私は思わず声を上げる。ヨルは再びタッチパネルを操作し、項目をオンにすると、何事も無かったかのように先生の姿が現れたのだった。
「こうして、スマートフォンに触れてる文芸部員の存在をオフにしてるってわけ。だからウヅキリオが逃げ出したときびっくりしたなー、思わずこの部屋から飛び出して足引っ掛けて本当に殺しちゃった!」
「そして、このスイッチはいつでもオンにできて、生死はリセットされるんだっけ?」
「そーそー。だから皆生き返るよ! 安心してね!」
ヨルの言葉に、ハヤトはまるで親しい友達であるかのような調子で話していく。私は頭がいっぱいで混乱しているというのに。
人の存在をオンオフができるなんて、確かにゲームの世界──仮想現実でしかありえない。では、この放送室はデバッグルームということだろうか。そして、このデバッグルームに入れる私は、つまり……
ヨルは、ぱちん、とウインクをすると、私のほうをきらきらした目で見つめた。
「デバッグルームに入れる私は、つまり?」
「な、なんで心まで読めるの……?」
「そりゃ、オレたちを作ってくれたのがマキだからね。それで? 何だと思う?」
「……私も、黒幕……?」
「大正解! じゃあ次は、そこについて説明しちゃおうか」
黒い背景に紫色のキューブが表示された画面に戻ると、ヨルは椅子をくるりと回し、画面に向き直った。それから、まるで物語を語るように説明を始める。
「この世界は何か。この世界は、現実世界から隔絶された仮想世界だよ。マキは知らないかもしれないけど、この箱庭の向こうには、仮想世界を作れる方法が存在してね。まぁ、二人は全部ミカン先輩から教えてもらったんだけど……」
「ミカン先輩が……?」
「そうそう。でも別に変なことじゃないよ。外の世界では当たり前の話。皆が皆、ゲームの世界を作って遊んでたんだ。それで、ミカン先輩はマキとハヤトに一つのキューブを手渡した。それが、この世界。『ヨルの殺人庭園』と名付けられたゲームなの!」
そう言ってヨルは両手を上げた。振り返り、舌をぺろっと出してみせる。
後ろには黒地に紫が基調なポップな画面が表示された。可愛らしい書体で「ヨルの殺人庭園」の文字が表示されている。
呆然とする私の肩に、ハヤトが手を、ぽん、と置いた。
「そして、この世界を作ったのは、現実世界のオレとマキってこと。ヨルはオレたちが二人で作ったアバターだよ」
「いや、いやいや、ますます意味が分かんない。私たちがなんでそんなことしたの?」
「それについては思い出してもらうのが一番かな? それでは、過去の映像を流してみよー!」
画面が一度ノイズで掻き消えてから、文芸部を映した映像が映し出される。そこでは、ミカン先輩とハヤト、そして私が楽しそうに何かを話しているようだった。
そして、ミカン先輩が懐から何かを取り出す。それは、紫色に光るキューブだった。私とハヤトは、それを受け取った。
……その映像を見た瞬間、全てが思い出される。「外側」の自分のことを思い出す。私は映像に釘付けになっていた。
降りていっても、母親はいない。今日は早出なのだろうか。
私は一人リビングで手を合わせ、食事を始めた。ちゃんと箸が進むようになったのは、嬉しいことなのか、悲しいことなのか。
でも、泣いても笑っても今日が最後だ。死ぬとしても生きるとしても今日が最後だ。そう思うと、これは最後の晩餐なんじゃないか、とさえ思えてきた。もちろん、私が今までそれを意識してこなかったのが不思議なくらいなのだが。
白飯を口に入れながら、一人で今日の作戦会議を始める。リリカたちがもうこれ以上死なないようにするには、放送部でヨルに会う必要があるだろう。交渉の余地があるかは分からないけれど、昨日の感じだと、話は聞いてくれそうだ。
……だって、ヨルは、私から生まれたのだから。
手を合わせ、誰もいない部屋にごちそうさまを言う。今日は少し早く出て、鉄の棺桶に乗りに行く。
今日も人混みに呑まれ、退屈な三十分を過ごす。イヤホンが無ければ騒音で気が狂ってしまいそうだ。刺激的な音楽を聴きながら、ぼーっと窓の外を眺める。
ふと視線をやれば、電車内は英単語帳を見つめている学生たちで溢れていた。そういえば試験前一週間くらいだったか。
もしも生き残ったら、私はこの試験を受けることになるのだろう。そして「優等生」らしく良い点を獲って、母親と父親を満足させて、先生と弟に褒められて──でも、それ以外には誰もいない。「優等生」とからかってくるウヅキも、尊敬したような眼差しで私を見るリリカも、いなくなってしまう。
一人になったら、文芸部は当然無かったことになる。私は誰に宛てて小説を書くのだろう。きっと小説を書く行為は止められないけれど、そのモチベーションは下がってしまうはずだ。
などと考えているうちに、電車は駅に着く。つまらない顔をした学生たちが一斉に出ていって、私はその波に呑まれる。鉛色の憂鬱に心が満たされてしまいそうだ。だが、絶望している暇など無い。
学校に辿り着いて、足早に放送室へと向かう。鍵をどこかで入手しなければならないな、と考えていると、放送室がほんの少し開いているのを見つけた。
職員室のほうをちらりと見て、誰もいないことを確認する。それから一度頷き、ドアノブを捻った。
その瞬間、息ができなくなって、意識が暗転する。それはまるで、あの部室に飛ばされるかのように。あ、と漏らした私の声が、黒く断絶された闇の中に消えていった。
◆
黒から白へ、そして紫へ。目がちかちかする。暗い部屋の中が、紫色の光で溢れていた。ここは、放送室ではない。
まず目についたのは、そこら中に溢れるモニターだった。そのほとんどが学校内を映している。また、タッチパネルがたくさん置いてあって、それも毒々しく紫色を放っているのであった。
そして部屋の奥、誰かが少し高い椅子に座っている。白い光に照らされていて、逆光になっているからか、その影が誰かは分からない。ただ、肩幅からいって男性だろうか。
……ヨルが、男性?
私はその影にゆっくり、ゆっくりと歩み寄った。耳元で鼓動が聞こえる。こめかみが脈打つ。足先が痺れる。そして真後ろに立つと、静かに問いかけたのだった。
「……誰? あんた」
すると、くるりと椅子が回る。暗い部屋の中でも、その顔を見ることはできた。赤い目が、ぎらり、光を帯びている。白い前髪で隠れたもう片方の目が、歪に弧を描いている。
彼は、相原隼人は、テノールの声で、こう答えた。
「ようやく来てくれたね、マキ」
ハヤトの声は羽毛のようにとても優しかった。それでいて期待に満ちて薄明るかった。
私は後退り、ハヤトの顔を見上げた。
「なんであんたが生きてるの……!?」
「なんで……か。ヨルにこのゲームの裏技を教えてもらったから……かな?」
「裏技……?」
そう言ってハヤトはスマートフォンを取り出す。スマートフォンの表示はバグを起こしたのか、三十二時二十九分とありえない表示をしていて、画面は黒いノイズがかかっていた。
私がその表示に唖然としていると、ハヤトはクスッと笑って話の続きをした。
「実はこのゲーム、『スマートフォンに触れていると』退場するようになってるんだよね」
「何、それ……意味分かんないんだけど……」
「まぁ、簡単に言えば、スマートフォンに触れてなければ死ぬことは無かったってことだよ」
スマートフォンに触れない。その言葉に、ある光景が思い起こされる。ハヤトは処刑のとき、誰よりも先にスマートフォンを「地面に」置いていた。しかも、誰もハヤトの死を確認しなかった……
つまり、彼が死んだのは演技だったということだ。
「っていう話なんだけど……」
「じゃあ……黒幕はあんた、ってこと?」
「やだなぁ、人のこと棚に上げちゃって……裏切り者っていうのはさ、このゲームの黒幕、って意味なんだよ」
「はぁ……?」
ハヤトがそう言うと、キィ、と音を立てて後ろの扉が開いた。私が入ってきた扉だ。振り返ると、その先も黒に絶たれていたが、一人の人影が立っていた。
白髪に、赤い瞳。ハヤトと違うのは、髪の毛は長いこと、そして少女であるということ。和柄の描かれたパーカーとデニムのショートパンツを着ていて、緩いスニーカーを鳴らしてこちらへやってくる。
ハヤトは緩く微笑み、おかえり、と言った。少女はピースして、ただいま、と返す。
「ま、まさか……あんたが、ヨル……?」
「そうだよー。私はヨル。またの名を、相原月詠。ようやく揃ったね、お父さんにお母さん」
お父さん、というのはハヤトを指すのだろうか。だとしたら、お母さんは私だ。
……ヨルを作ったのは、私だ。でも、この月詠という少女に見覚えは無い。
ヨルはハヤトを押し出すと、自分が椅子に座った。まるで玉座に座るように横柄な態度で座ると、にっ、と歯を見せて笑ってみせた。
「ツクヨミマキ、私の赤い髪飾りは受け取ってくれた?」
「ちょっと待って……私の知ってるヨルじゃない。あんた、何者?」
「何者って……そっか、そこから説明しなきゃだよねー。ハヤト、手伝ってくれる?」
「そうだね。オレも理解に苦しんだし……でもまぁ、マキなら頭が良いからすぐ理解してくれるよ」
ヨルは愉しそうに笑うと、それじゃあ、と言ってタッチパネルを弄り始めた。すると、モニター一面に紫色の四角い箱が映し出された。それは黒を背景としてくるくると回っている。どこかで見たことがあるものだ──確か、夢の中で……
「まず、重大な事実を発表しようと思います──なんと、この世界はゲームの世界なのです!」
ヨルが拍手をした途端、視界にノイズが走った──否、空間にノイズが走った。そのノイズをよく見ると、零と一の数字が並んでいる。
ハヤトが、それ止めてよ、と言えば、ヨルはすっと手を膝の上に置き、私のことを見下ろした。
「ゲームの世界……いや、仮想世界って言ったほうが良いかな、そのキャラクター、それがマキたちだよー。どう? これで『人が消えた』理由、分かるんじゃない?」
「……分かんないよ。ゲームとか仮想世界とか、意味分かんない……」
「簡単に言うとさ、処刑されたとき、ゲーム世界からキャラクターが消去されたんだよ。だから存在ごと無くなったってことだよ」
「そうそう! このパネルを押すだけでお手軽に人を消せるよ。たとえばこんな感じでね!」
ヨルはタッチパネルを操作した。そこには、私たちの化学基礎を担当する先生の名前が書いてあった。モニターは途端に彼を映し出す。ヨルはタッチパネルを操作し、そして、彼の存在の項目をオフへと変更した。
その瞬間、紫色のノイズを残し、画面から彼が消え去った。うわっ、と私は思わず声を上げる。ヨルは再びタッチパネルを操作し、項目をオンにすると、何事も無かったかのように先生の姿が現れたのだった。
「こうして、スマートフォンに触れてる文芸部員の存在をオフにしてるってわけ。だからウヅキリオが逃げ出したときびっくりしたなー、思わずこの部屋から飛び出して足引っ掛けて本当に殺しちゃった!」
「そして、このスイッチはいつでもオンにできて、生死はリセットされるんだっけ?」
「そーそー。だから皆生き返るよ! 安心してね!」
ヨルの言葉に、ハヤトはまるで親しい友達であるかのような調子で話していく。私は頭がいっぱいで混乱しているというのに。
人の存在をオンオフができるなんて、確かにゲームの世界──仮想現実でしかありえない。では、この放送室はデバッグルームということだろうか。そして、このデバッグルームに入れる私は、つまり……
ヨルは、ぱちん、とウインクをすると、私のほうをきらきらした目で見つめた。
「デバッグルームに入れる私は、つまり?」
「な、なんで心まで読めるの……?」
「そりゃ、オレたちを作ってくれたのがマキだからね。それで? 何だと思う?」
「……私も、黒幕……?」
「大正解! じゃあ次は、そこについて説明しちゃおうか」
黒い背景に紫色のキューブが表示された画面に戻ると、ヨルは椅子をくるりと回し、画面に向き直った。それから、まるで物語を語るように説明を始める。
「この世界は何か。この世界は、現実世界から隔絶された仮想世界だよ。マキは知らないかもしれないけど、この箱庭の向こうには、仮想世界を作れる方法が存在してね。まぁ、二人は全部ミカン先輩から教えてもらったんだけど……」
「ミカン先輩が……?」
「そうそう。でも別に変なことじゃないよ。外の世界では当たり前の話。皆が皆、ゲームの世界を作って遊んでたんだ。それで、ミカン先輩はマキとハヤトに一つのキューブを手渡した。それが、この世界。『ヨルの殺人庭園』と名付けられたゲームなの!」
そう言ってヨルは両手を上げた。振り返り、舌をぺろっと出してみせる。
後ろには黒地に紫が基調なポップな画面が表示された。可愛らしい書体で「ヨルの殺人庭園」の文字が表示されている。
呆然とする私の肩に、ハヤトが手を、ぽん、と置いた。
「そして、この世界を作ったのは、現実世界のオレとマキってこと。ヨルはオレたちが二人で作ったアバターだよ」
「いや、いやいや、ますます意味が分かんない。私たちがなんでそんなことしたの?」
「それについては思い出してもらうのが一番かな? それでは、過去の映像を流してみよー!」
画面が一度ノイズで掻き消えてから、文芸部を映した映像が映し出される。そこでは、ミカン先輩とハヤト、そして私が楽しそうに何かを話しているようだった。
そして、ミカン先輩が懐から何かを取り出す。それは、紫色に光るキューブだった。私とハヤトは、それを受け取った。
……その映像を見た瞬間、全てが思い出される。「外側」の自分のことを思い出す。私は映像に釘付けになっていた。